TCP接続の追跡による簡略化したネットワーク依存関係グラフの可視化基盤

はじめに

ウェブシステムは,一般的に,分散したホスト上で動作するソフトウェアが互いにネットワーク通信することにより構成される. 相互にネットワーク通信するシステムにおいて,システム管理者があるネットワーク内のノードに変更を加えた結果,ノードと通信している他のノードに変更の影響がでることがある. ネットワーク接続数が多いまたはノードが提供するサービスの種類が多くなるほど,システム管理者が個々の通信の依存関係を記憶することは難しくなる. さらに,常時接続しておらず必要なタイミングで一時的に通信するケースでは,あるタイミングの通信状況を記録するだけでは通信の依存関係を把握できない. その結果,システムを変更するときの影響範囲がわからず,変更のたびに依存関係を調査しなければならなくなるという問題がある.

先行手法では,ネットワーク内の各ノード上で動作するiptablesのようなファイアウォールのロギング機構を利用し,TCP/UDPの通信ログをログ集計サーバに転送し,ネットワークトポロジを可視化する研究[1]がある. 次に,tcpdumpのようなパケットキャプチャにより,パケットを収集し,解析することにより,ネットワーク通信の依存関係を解析できる. さらに,sFlowやNetFlowのように,ネットワークスイッチからサンプリングした統計情報を取得するツールもある. また,アプリケーションのログを解析し,依存関係を推定する研究[2]がある. マイクロサービスの文脈において,分散トレーシングは,各サービスが特定のフォーマットのリクエスト単位でのログを出力し,ログを収集することにより,リクエスト単位でのサービス依存関係の解析と性能測定を可能とする[3].

しかし,ファイアウォールのロギング機構とパケットキャプチャには,パケット通信レイテンシにオーバーヘッドが追加されるという課題がある. さらに,サーバ間の依存関係を知るだけであれば,どのリッスンポートに対する接続であるかを知るだけで十分なため,パケット単位や接続単位で接続情報を収集すると,TCPクライアントのエフェメラルポート単位での情報も含まれ,システム管理者が取得する情報が冗長となる. 分散トレーシングには,アプリケーションの変更が必要となる課題がある.

そこで,本研究では,TCP接続に着目し,アプリケーションに変更を加えることなく,アプリケーション性能への影響が小さい手法により,ネットワーク通信の依存関係を追跡可能なシステムを提案する. 本システムは,TCP接続情報を各サーバ上のエージェントが定期的に収集し,収集した結果を接続管理データベースに保存し,システム管理者がデータベースを参照し,TCP通信の依存関係を可視化する. まず,パケット通信やアプリケーション処理に割り込まずに,netstatのような手段でOSのTCP通信状況のスナップショットを取得する. 次に,ネットワークグラフのエッジの冗長性を削減するために,TCPポート単位ではなく,リッスンポートごとにTCP接続を集約したホストフロー単位でTCP通信情報を管理する. さらに,ネットワークグラフのノードの冗長性を削減するために,ホスト単位ではなくホストの複製グループ単位で管理する. 最後に,過去の一時的な接続情報を確認できるように,接続管理データベースには時間範囲で依存関係を問い合わせ可能である.

提案システムを実現することにより,システム管理者は,アプリケーションへの変更の必要なく,アプリケーションに影響を与えずに,ネットワーク構成要素を適切に抽象化した単位でネットワーク依存関係を把握できる.

提案手法

システム概要

図1に提案手法の外観図を示す.

図1: 提案手法の外観図

提案システムの動作フローを以下に示す.

  1. 各ホスト上のエージェントが定期的にTCP接続情報を取得する.
  2. エージェントはCMDB(接続管理データベース)のホストフロー情報を送信する.
  3. システム管理者はアナライザーを通して,CMDBに格納されたホストフロー情報を取得し,解析された結果を表示する.

これらのフローにより,システム管理者が管理するシステム全体のネットワーク接続情報をリアルタイムに収集し,集中管理できる.

ホストフロー集約

個々のTCP接続情報は,通常<送信元IPアドレス,送信先IPアドレス,送信元ポート,送信先ポート>の4つの値のタプルにより表現する. ホストフローは,送信元ポートまたは送信先ポートのいずれかをリッスンポートとして,同じ送信元IPアドレスとを送信先IPアドレスをもち,同じリッスンポートに対してアクティブオープンしている接続を集約したものを指す. ホストフローの具体例は次のようになる.

Local Address:Port   <-->   Peer Address:Port     Connections
10.0.1.9:many        -->    10.0.1.10:3306        22
10.0.1.9:many        -->    10.0.1.11:3306        14
10.0.2.10:22         <--    192.168.10.10:many    1
10.0.1.9:80          <--    10.0.2.13:many        120
10.0.1.9:80          <--    10.0.2.14:many        202

接続管理データベース

CMDBは,ノードとホストフローを格納する. ノードは,ユニークなIDをもち,IPアドレスとポートが紐付けられる. ホストフローは,ユニークなID,アクティブオープンかパッシブオープンかのフラグ,送信元ノード,送信先ノードをもつ.

アナライザー

アナライザーがCMDBに対して問い合わせるパターンは次の2つである.

  • a) ある特定のノードを指定し,指定したノードからアクティブオープンで接続するノード一覧を取得する
  • b) ある特定のノードを指定し,指定したノードがパッシブオープンで接続されるノード一覧を取得する

実装

概要

提案手法を実現するプロトタイプ実装であるmftracerをGitHubに公開している.https://github.com/yuuki/mftracer mftracerの概略図を以下に示す.

+-----------+
| mftracerd |----------+
+-----------+          | INSERT or UPDATE
                       V
+-----------+         +------------+
| mftracerd |------>  | PostgreSQL |
+-----------+         +------------+
                       ^       | SELECT
+-----------+          |       |            +----------+
| mftracerd |----------+       | <--------- | Mackerel |
+-----------+                  v            +----------+
                          +--------+  
                          | mftctl |
                          +--------+

ロールと実装の対応表を以下に示す.

ロール名 実装名
agent mftracerd
CMDB PostgreSQL
analyzer mftracer

mftracerでは,予め各ホストをMackerelに登録し,サービス・ロール[4]という単位でグルーピングを設定しておくことにより,mftctlがホスト単位ではなく,サービス・ロール単位でノードを集約し,扱うことができる.

使い方

mftracerの使い方の例を以下に示す.mftracerはmftctlコマンドにより,CMDBに接続し,引数で指定した条件に応じてネットワークグラフを表示する.

$ mftctl --level 2 --dest-ipv4 10.0.0.21
10.0.0.21
└<-- 10.0.0.22:many (connections:30)
└<-- 10.0.0.23:many (connections:30)
└<-- 10.0.0.24:many (connections:30)
    └<-- 10.0.0.30:many (connections:1)
    └<-- 10.0.0.31:many (connections:1)
└<-- 10.0.0.25:many (connections:30)
...
$ mftctl --level 2 --dest-service blog --dest-roles redis --dest-roles memcached
blog:redis
└<-- 10.0.0.22:many (connections:30)
└<-- 10.0.0.23:many (connections:30)
└<-- 10.0.0.24:many (connections:30)
    └<-- 10.0.0.30:many (connections:1)
    └<-- 10.0.0.31:many (connections:1)
└<-- 10.0.0.25:many (connections:30)
blog:memcached
└<-- 10.0.0.23:many (connections:30)
└<-- 10.0.0.25:many (connections:30)
...

 ホストフロー

プロトタイプでは,netstatとssコマンドで利用されているLinuxのNetlink APIを利用して,TCP接続情報を取得している. TCP接続を集約表示するlstfでNetlinkにより実行速度が1.6倍になった - ゆううきメモ

各接続の方式がアクティブオープンかパッシブオープンかを判定する実装は次のようにになっている.

  1. Netlink APIによりTCP接続情報を取得する
  2. LISTENステートの接続のローカルポートのみ抽出
  3. 1.と2.を突き合わせ,接続先ポートがリッスンポートであればアクティブオープン,それ以外の接続はパッシブオープンと判定する.

CMDBのスキーマ

CBDBのスキーマ定義を以下に示す.

CREATE TYPE flow_direction AS ENUM ('active', 'passive');

CREATE TABLE IF NOT EXISTS nodes (
    node_id bigserial NOT NULL PRIMARY KEY,
    ipv4    inet NOT NULL,
    port    integer NOT NULL CHECK (port >= 0)
);
CREATE UNIQUE INDEX IF NOT EXISTS nodes_ipv4_port ON nodes USING btree (ipv4, port);

CREATE TABLE IF NOT EXISTS flows (
    flow_id                 bigserial NOT NULL PRIMARY KEY,
    direction               flow_direction NOT NULL,
    source_node_id          bigint NOT NULL REFERENCES nodes (node_id) ON DELETE CASCADE,
    destination_node_id     bigint NOT NULL REFERENCES nodes (node_id) ON DELETE CASCADE,
    connections             integer NOT NULL CHECK (connections > 0),
    created                 timestamp NOT NULL DEFAULT CURRENT_TIMESTAMP,
    updated                 timestamp NOT NULL DEFAULT CURRENT_TIMESTAMP,

    UNIQUE (source_node_id, destination_node_id, direction)
);
CREATE UNIQUE INDEX IF NOT EXISTS flows_source_dest_direction_idx ON flows USING btree (source_node_id, destination_node_id, direction);
CREATE INDEX IF NOT EXISTS flows_dest_source_idx ON flows USING btree (destination_node_id, source_node_id);

nodesテーブルはノード情報を表現し,とflowsテーブルはホストフロー情報を表現する.

実装の課題

  • ネットワークトポロジの循環に対する考慮
  • クラウド事業者が提供するマネージドサービスを利用している場合,IPアドレスから実体をたどることの困難
  • パターンa)の実装
  • 時間範囲を指定した依存関係の取得

むすび

システムの複雑化に伴い,システム管理者が個々のネットワーク通信の依存関係を記憶することが難しくなっている. そこで,アプリケーションを変更せずに,アプリケーションに影響を与えることなく,適切な抽象度で情報を取得可能な依存関係解析システムを提案した. 実装では,Go言語で書かれたエージェントがLinuxのNetlink APIを利用し,RDBMSにホストフロー情報を格納し,Go言語で書かれたCLIから依存関係を可視化できた.

今後の課題として,問題の整理,サーベイ,評価がある. 問題の整理では,ネットワークの依存関係といっても,OSI参照モデルにおけるレイヤごとにシステム管理者が必要とする情報は異なるため,最終的にレイヤ4のTCP通信に着目する理由を明らかにする必要がある. サーベイについては,ネットワークの依存関係解析に関する先行研究は多岐に渡るため,調査し、本研究の立ち位置を明確にする必要がある. 評価については,先行手法となるファイアウォールロギングとパケットキャプチャによるレイテンシ増大による影響を定量評価し,提案手法の優位性を示す必要がある. また,実装では,すべての接続情報を取得できるわけではないため,接続情報の取得率を確認し,実運用において,十分な精度であることを確認する必要がある. さらに将来の展望として,同じような通信をしているホストをクラスタリング推定し,システム管理者がより抽象化された情報だけをみて依存関係を把握できるようにしたい. また,コンテナ型仮想化環境での依存関係の解析への発展を考えている.

参考文献

  • [1]: John K Clawson, "Service Dependency Analysis via TCP/UDP Port Tracing", Master thesis, Brigham Young University, 2015
  • [2]: Jian-Guang LOU, Qiang FU, Yi WANG, Jiang LI, "Mining dependency in distributed systems through unstructured logs analysis", ACM SIGOPS Operating Systems Review, 2010, vol 44, no 1, pp. 91
  • [3]: @itkq, "サービスのパフォーマンス数値と依存関係を用いたサービス同士の協調スケール構想", 第1回Web System Architecture研究会, https://gist.github.com/itkq/6fcdaa31e6c50df0250f765be5577b59
  • [4]: id:masayoshi, "ミドルウェア実行環境の多様化を考慮したインフラアーキテクチャの一検討", 第2回Web System Architecture研究会,https://masayoshi.hatenablog.jp/entry/2018/05/19/001806

発表スライド

質疑応答

発表時の質疑応答では,次のような議論をしました.

まず,接続が観測されたホストでも実はトラヒックはほとんど流れていなくて接続しているだけで,実際は利用していないホストであったりすることがある。提案手法は(分散トレーシングのようなより小さなリクエスト単位で追跡する手法と比較して)真の依存をみていないのではないか?という質問がありました.議論した結果の回答としては,どちらの手法が真かそうでないかというわけではなく,要件の違いにより,要件を満たす手法がかわってくるという話であると考えています.例えば,先行手法では,直接エンドユーザーへの影響のある接続を詳細に可視化することはできるが,システム管理のための接続(LDAP,SSHなど)を見落とすことがあります.

次に,UDPには対応しないのか?という質問がありました. UDPにはおそらく対応可能で,今の所はTCPのみサポートしています. ネットワーク層以下の依存関係可視化については,数多くの先行研究があります. アプリケーション層についても,ここ数年で多くの手法が提案されています. 一方で,トランスポート層に着目した依存関係の可視化の提案は少ないように思います. そこで,UDPに対応させ,トランスポート層の依存関係を満遍なく分析できる基盤という立ち位置を確保していくといいのではないかという議論をしました.

さらに,1日1回といった頻度で依存関係情報を収集するのではなく,リアルタイムに収集できるため,異常検知などに利用できるのではないかというアイデアもいただきました. あらかじめシステム管理者があるべき依存関係を設定しておき,その設定に反した通信を検知すると異常とみなすといった手法など,新しい監視手法を提案できるかもしれません.

また,Dockerのようなコンテナ環境であればリッスンポートが再起動するたびに変化していくため,ポート単位で追跡する手法は向いていないのではないかという質問もありました. 現在の提案手法では,IPアドレスとポートの組をノードとして扱っており,IPアドレスのほうはロールのようにグルーピングして扱えるようになっています. そこで,接続先のポート集合に名前をつけて管理するような仕組みが必要になってくるのではと考えています. エンドポイントの管理の課題として,他にもVIPのように実態のIPアドレスと異なるエンドポイントを利用することもあるため,仮想的には同じエンドポイントを参照していても,実態としてはエンドポイントが変化している問題を一般化して解くような提案を考えていくのが望ましいでしょう.

その他,エージェントをインストールするだけで使える導入の容易さも重要ではないかという指摘もいただきました.

あとがき

今回のWSA研も前回前々回と同様に,参加者の各種アイデアに対して,みんなで白熱した議論を展開するという流れになりました. みんな話をしたいことが多すぎて,いつも以上に,議論時間が長くなりました. 会場をご提供いただいたレピダムさんに感謝します.9人で議論するのにちょうどよいかつきれいな会議室で快適に過ごすことができました.

WSA研の特徴として,Web技術が主体でありながらも,隣接する技術領域の議論が飛び出してくることが挙げられます. 社内であったり,いつもの勉強会であれば,なんとなく要件が似通っていて,同じようなコンテキストで話をしていることが多いでしょう. 一方で,この研究会では,技術者と研究者が交わり,議論による創発を目指しているため,例えば,メールやIoTのような、いつものWebとは異なる要件をもつシステムに対しても,Webの技術を応用し,議論することにより,共通点や差異を理解し,新たなアイデアがでてくるといった場面があります. 僕自身はWSA研を開催するたびに,モチベーションがあがるということを体感しているため,これからも継続して開催していきたいと考えています.次回は4/13(土)で京都開催の予定です.

サーバレス時代におけるヘテロジニアス時系列データベースアーキテクチャ

この記事は、第2回ウェブシステムアーキテクチャ研究会の予稿です。

ウェブシステムをモニタリングするために、高可用性、高書き込みスケーラビリティ、メトリックの長期保存が可能な時系列データベースが求められている。 これらを実現するために、性能特性の異なる汎用Key-Value Store(以下KVS)を組み合わせ、透過的に問い合わせ可能な、ヘテロジニアス時系列データベースであるDiamondを開発した。 この記事では、Diamondを分散システムの観点で捉え、アーキテクチャ、データ構造、実装を紹介し、考察によりFuture Workを議論する。

1. はじめに

クラウドコンピューティング、コンテナ型仮想化、マイクロサービスなどの普及により、ウェブシステムの複雑度が向上した結果、人間が複雑な構造を観測するために、よりよいモニタリングが必要とされている1。 モニタリング技術のうち、時系列データモニタリングがあり、時系列データの可視化と時系列データによるアラーティングが一般的である。 時系列データモニタリングのために、多数のサーバから複数のメトリックを定期的に時系列データとして収集する必要があり、ストレージとして時系列データに特化した時系列データベースが利用される2。 時系列データベースには、様々な要求があるが、ここでは、メトリックの長期保持、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性が要求されるユースケースに着目する。メトリックの長期保持については、異常検知でのユースケースなどがあり3、高書き込みスケーラビリティについては時系列データベース一般に求められ、高信頼性についてはService as a Service(SaaS)型のモニタリングサービスにおいて強く求められる。

時系列データベースには、大きく分類すると専用DBMS方式と汎用DBMS方式、RDBMS拡張の3種類がある4。RDBMS拡張については、ここでは汎用DBMS方式に含むこととする。 専用DBMS方式は、時系列データベースに最適化されたデータベースエンジンを実装しており、汎用DBMS方式は汎用DBMS上に時系列データベースとして動作させるためのアプリケーションを実装している。 専用DBMS方式は、性能とデータ保存効率がよいが、分散システムとしての信頼性の観点では、汎用DBMS方式と比較して、成熟度が劣る傾向にあると考える。 例えば、Graphite5、Gorilla6、BTrDB7などがある。 一方、汎用DBMS方式は、汎用であるがゆえに専用DBMS方式と比較して性能は劣りやすいが、分散システムとしての信頼性が高い。 例えば、OpenTSDB、KairosDBなどがある。

このように、長期保存、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性を満たす時系列DBはある一方で、特殊なストレージエンジンのため運用コストが高い、または、長期保存かつ高書き込みスループットであってもリソース使用量が高いといういずれかの課題がある。 リソース使用量の高さは最終的に費用の高さに結びつく。

そこで、低運用コスト、低費用で、メトリックの長期保存、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性を実現するために、複数の異なる汎用DBMSを組み合わせ、透過的な問い合わせが可能なヘテロジニアス型時系列データべースとしてDiamondを開発した8。 具体的には、インメモリ分散KVS、オンSSD分散KVS、オンHDD分散KVSを組み合わせ、書き込みスループットとストレージのGB単価を最適化し、クラッシュリカバリのためのWrite-Ahead Log(WAL)9として分散メッセージブローカーを利用した。 プロビジョニングと故障からの復旧の容易さを低減するために、マネージドサービスを用いたサーバレスアーキテクチャ10を採用した。

2. アーキテクチャ

アーキテクチャ概要

アーキテクチャとしての達成要件は以下の5つである。

  • (a) 書き込みI/Oが増加したときに各コンポーネントがスケールアウト可能
  • (b) 高可用性: 特定のノードが故障しても処理を継続可能
  • (c) 書き込みI/Oとデータ保持の観点で、コンピューティングリソース費用効率が高いこと
  • (d) リソースのプロビジョニングおよび故障時の復旧の容易さ
  • (e) 検証および開発の容易さ

(a), (b)については、汎用DBMS方式を選択し、Dynamo-styleと呼ばれるようないわゆる分散データベース[2]を利用することにより達成できる。 Dynamo-styleのデータベースは、CassandraやDynamoDBのようにKVSの形をとることが多いため、以下ではKVSの利用を前提とする。 (c)については、書き込みI/OだけみればインメモリKVSが有利だが、データ保持の観点でみるとHDDベースのKVSが有利である。 そこで、複数のKVSを組み合わせたヘテロジニアス構成により、インメモリKVS書き込みI/Oを受け付け、参照頻度の低い古いタイムスタンプをもつデータポイントを低速なディスクに配置する。 さらに、インメモリKVSの耐久性を補うため、Apache Kafkaのような分散メッセージブローカーをWALとして利用し、クラッシュリカバリできるようにする。 しかし、複数のOSSのDBMS実装を用いつつ、(d),(e)を達成することは、困難であると考え、そこで、クラウド事業者が提供するマネージドサービスを用いたサーバレスアーキテクチャを採用する。

一方で、専用DBMS方式を選ばない理由として、次のの2点がある。 (a),(b),(c)を満たす専用DBMS方式を新規開発することは難易度が高いことと、汎用DBMS方式のほうが分散システムとして成熟した実装である傾向があるためだ。

ヘテロジニアス環境においては、一時的な故障の発生により、各KVS間のデータ整合性と耐久性を失いやすくなる。 そこで、故障時にリトライ可能にするために、べき等性をもつデータ構造が重要となる。 さらに、複数の異なる特性をもつKVS実装を利用するため、特殊な機能に依存しないシンプルな機能要件のみで、データ構造を実装できることが重要だ。 一方、伝統的なデータベースが備えるACID特性を満たすことは、サーバモニタリング向け時系列データベースのコアな要求ではない。

以下では、アーキテクチャの動作フロー、データ構造およびKVSの機能要件を説明する。

動作フロー

Diamondアーキテクチャの動作フローを以下に示す。

     write path
         |
         v
+----------------------+
| 分散メッセージブローカー |
+----------------------+
         |
         v
+-----------------+
|  writer node    |
+-----------------+
         |
         v
+-----------------+
| インメモリ分散KVS | -------------\
+-----------------+               \
         |  flush                  \
         v                          v
+-----------------+              +-------------+
| オンSS分散KVS  | -----------> | reader node | ---> read path
+-----------------+              +-------------+
         |  export                  ^
         v                         /
+-----------------+               /
| オンHDD分散KVS  | ------------/
+-----------------+

まず、書き込み経路を説明する。

  1. クライアントが分散メッセージブローカーに非同期書き込み
  2. 分散メッセージブローカーからのメッセージを購読しているwriter nodeがインメモリ分散KVSに書き込み
    1. において、メトリックごとのデータポイント数が所定の個数を超えていれば、SSDベース分散KVSに書き込み
  3. 書き込み経路とは異なるバックグラウンド処理により、一定期間より前のタイムスタンプをもつデータポイントをSSDベース分散KVSからHDDベース分散KVSへデータを移動させる

分散メッセージブローカーは、インメモリKVSのクラッシュリカバリのために利用する。 分散メッセージブローカーに残留するログを再適用することにより、インメモリKVS上のロストしたデータを復元できる。

次に、読み込み経路を説明する。

  1. クライアントがメトリック名とタイムスタンプのレンジをクエリとして、reader-nodeに問い合わせる
  2. reader nodeは、クエリに含まれるタイムスタンプのレンジに応じて、データが配置されているKVSコンポーネントからデータポイントを取得する
  3. reader nodeは、データポイントを取得したのちに、任意の集約操作を適用し、クライアントへデータポイント列を返却する

Diamondアーキテクチャでは、複数のKVS間のデータの整合性を保つために、各KVSへの書き込み処理がべき等であることが重要となる。 書き込み処理がべき等であれば、既に書き込んだデータを再度書き込んだとしても、データの一貫性が担保される。 したがって、クラッシュリカバリの発生またはいずれかのKVSの故障が発生したとしても、リトライによりデータの耐久性を確保できる。

書き込み処理をべき等にするためのデータ構造を以下に説明する。

データ構造

Diamondは、Graphiteプロジェクトの時系列データベースであるWhisper[^14]データ構造に近いモデルを採用している。 Diamondでは、Whisperデータ構造の特徴のうち、以下の2点に着目している。

  • 書き込み処理がべき等であること
  • クライアントの入力にかかわらずメトリック系列に含まれるデータポイント数の最大値を制御できること

まず、KVSに時系列データを格納するための最もシンプルなデータ構造を、以下の図に示す。

+------+        +-----------------------------------------+
| name |  --->  | {timestamp:value, timestamp:value, ...} |
+------+        +-----------------------------------------+

図中のnameはメトリック名を表す文字列、timestampはデータポイントのUNIX時間を表すint64型の数値、valueはデータポイントの値を表すfloat64型の数値である。 このデータ構造では、メトリック名(name)をキー、ハッシュマップをバリューとし、ハッシュマップのキーをタイムスタンプ(timestamp), ハッシュマップのバリューを値(value)とする。 グラフ表示などの読み込みワークロードを考慮すると、ある系列に含まれるデータポイント列をまとめて効率よく読み出す必要があるため、データポイント列を同じレコード内にまとめて格納する。 データポイント列を表すデータ構造が、リストではなくハッシュマップである理由は、同じタイムスタンプをもつデータポイントの上書きを許し、べき等性を確保するためだ。 タイムスタンプのレンジがクエリに含まれる場合は、バリューをすべて取得し、reader nodeがレンジ外のタイムスタンプをもつデータポイントを間引く必要がある。

このデータ構造は、データポイントが追記されるたびに、レコードサイズが増大していく。 KVSはレコードサイズに制限をもつことがあり、その場合制限を超えない程度のレコードサイズを維持しなければならない。 DynamoDB11は400KB、Cloud Bigtable12は256MBのハードリミットをそれぞれ持つ。 この問題を解決するために、メトリック系列を固定幅のタイムウィンドウに分割するデータ構造を以下の図に示す。

+------------------+        +-----------------------------------------+
| name, wtimestamp |  --->  | {timestamp:value, timestamp:value, ...} |
+------------------+        +-----------------------------------------+

wtimestampは、タイムウィンドウの開始時刻を表すUNIX時間であり、ウィンドウサイズは固定長とする。 例えば、ウィンドウサイズが3000秒とすると、wtimestampの値は1482700020, 1482703020, 1482706020...のように3000ずつ加算される。

しかし、ウィンドウ内のデータポイント数の最大値が不定であるため、レコードサイズのハードリミットを超える可能性がある。 時系列データベースとしてサポートするメトリックの解像度をステップと呼ぶことにすると、クライアントがステップより小さなインターバルでメトリックを書き込む場合、ウィンドウ内のデータポイント数は想定よりも大きな値となる。 そこで、データポイント数の最大値を固定するために、ステップの倍数にアラインメントする。 例えば、解像度を60秒とするならば、元のtimestampが1482700025であれば、60で割った剰余を差し引いた値である1482700020に変更したのちに、KVSに書き込む。 ステップよりも小さいインターバルで書き込まれると、アラインメントにより既に書き込まれたtimestampの領域を上書きすることになり、ウィンドウ内のデータポイント数は一定の個数以下となることが保証される。

以上により、Diamondデータ構造がべき等性をもちつつ、KVSの制限内で書き込み処理可能であることを示した。 次に、Diamondデータ構造を実現するためのKVSの機能要件を説明する。

KVSの機能要件

Whisperデータ構造をKVS上で実装するには、各KVSへ求める最低限の機能要件として以下を満たす必要がある。

  • キーを入力とし、キーに対応するバリューを出力できる
  • バリューのデータ型としてバイナリが実装されている

KVSとしてごく標準的な機能を満たせば実装可能であることが要点である。

ただし、書き込み処理効率の観点では、バリューのデータ構造としてハッシュマップが実装されていることが望ましい。 データポイントをレコードに追記する際に、レコード内に存在する既存のデータポイントをKVSの外へ読み出したのちに、新らたに書き込むデータポイントを結合し、レコードを更新する必要がある。 KVSがハッシュマップを実装していれば、KVS内で効率よくデータポイントを追記できる。

さらに、ACIDのうち隔離性の観点では、read-modify-write操作をatomicに実行できることが望ましい。 複数のクライアントが同じレコードを書き込もうとしたときに、クライアントAが既存のレコードを読み取ったあとに、クライアントBがレコードに書き込んだとき、クライアントBの書き込みが失われることがありえる。

3. 実装

実装概要

分散メッセージブローカーとしてAmazon Kinesis Streams13、インメモリ分散KVSとしてRedis14、SSDベース分散KVSとしてAmazon DynamoDB、HDDベース分散KVSとしてAmazon S315を採用した。 writer nodeとして、AWS Lambda16、DynamoDBからS3へのデータ移動についてはDynamoDB TTLとDynamoDB Triggerを利用し、TTLの期限切れイベントを契機にLambda functionを起動し、S3へ期限切れしたレコードを書き込む。

実装の構成図を以下に示す。

              +---------------------------------------------------------------+
              |                                                               |
write path -->|--> Kinesis Streams --> Lambda (writer) ------------------+    |
              |                                                          |    |
              |                                   |<- Redis Cluster <----+    |
read path  <--|<-- ALB <-- reader(golang) <-------|                      |    |
              |                                   |<- DynamoDB <---------+    |
              |                                   |      v                    |
              |                                   |   Lambda (exporter)       |
              |                                   |      v                    |
              |                                   +<---- S3                   |
              |                                                               |
              +---------------------------------------------------------------+

実装の詳細については、AWS Summit Tokyo 2017のプレゼンテーション17,18,19にて紹介している。

KVS間のデータ移動

まず、RedisからDynamoDBへの移動の実装を説明する。 バックグラウンドプロセスによるバッチ処理ではなく、writerがRedisへのデータポイント書き込み時に条件を満たした場合のみメトリック系列単位でDynamoDBに移動させる。 条件は、Redis上の該当メトリック系列に含まれるデータポイント数がN個以上である。 条件を満たすかをチェックしたのちに、Redisのレコードを読み出し、DynamoDBへ書き込み、最後にRedisの該当レコードを削除する。 データポイントが書き込まれなくなったメトリック系列は、DynamoDBに移動されず、Redis上にデータポイントが残り続けるため 定期的なバッチ処理により、DynamoDBに移動させる。 もし、一連の処理の流れの中で、一時的なエラーが発生した場合はLambda function実行のリトライにより、耐久性とRedisとDynamoDB間のデータ整合性が担保される。

次に、DynamoDBからS3への移動の実装を説明する。 TimeFuzeアーキテクチャ20により、TTLイベントを契機にDynamoDB Triggerを経由して、Lambda Functionを起動し、DynamoDBの期限切れレコードをS3に書き込む。 S3に書き込む際に、FacebookのGorillaにて実装されているdouble-delta-encodingとXOR encodingにより差分符号化した結果を書き込み、データポイントあたりのバイト数を削減している。 S3への書き込み時に一時的なエラーが発生しても、Lambda function実行のリトライにより、データの耐久性と整合性が保証される。

データ位置の解決

reader nodeは、受信したメトリック名とタイムスタンプレンジから、各KVSのうち必要なデータが存在するKVSからデータを取得する。 データが存在するKVSは、メトリックごとに記録せずに、静的に解決している。 タイムスタンプレンジの開始時刻をst、終端時刻をet、現在時刻をnow、Redisにデータが残留する最大経過秒数をn、DynamoDBにデータが残留する最大経過秒数をm、S3にデータが移動するまでの最短経過秒数をkとすると、Redisからのデータ取得条件は et > (now - n)、DynanoDBからのデータ取得条件は et > (now - m)、S3からのデータ取得条件は (now - k) > stとなる。 ただし、n < m とする。 n, m, kの値はヒューリスティックに決定される。

同じメトリック系列かつ同じタイムスタンプをもつデータポイントを異なるKVSからそれぞれ取得した場合、Redis、DynamoDB、S3の順に採用する。

費用特性

本実装において、書き込みスループットとデータ保持の観点で、3種類のKVSによる費用最適化が可能であることを確認する。

まず、サンプルとして、100,000データポイント/sの書き込みスループットにおける費用比較を以下の表に示す。 2018/05/05時点のap-northeast-1リージョンのオンデマンド費用を元にしている。

KVS I/O費用(USD/月)
Redis 1405.44
DynamoDB 54300.83
S3 1258848.00

RedisはEC2インスタンスのr4.large(0.176USD/時間)を使用し、各パーティションあたりのレプリカ数を2、つまり3ノード/パーティションとする。 1ノードあたりの書き込み上限を25,000reqs/secとする(要出典)。 したがって、r4.largeインスタンスが12台必要となる。 EC2インスタンス上のRedisは、書き込み元のwriterと異なるアベイラビリティゾーンに配置されている場合、別途GBあたりのゾーン間転送料金が発生する。 DynamoDBの料金構造21からアイテムサイズに比例してI/Oコストが大きくなる。今回は、最低単位の1KBで計算する。 S3は、標準ストレージを利用するもとすると、S3のPUT料金は1000リクエストあたり0.0047USDである。 S3はKVSではあるが、ファイルを格納するためのオブジェクトストレージであるため、高スループットかつ小さな書き込みには向いておらず、今回のワークロードでは上表のように高額な料金となる。

次に、データ保持費用における費用比較を以下の表に示す。

KVS データ保持費用(USD/GB/月)
Redis 21.96
DynamoDB 0.25
S3 0.025

r4.largeのRAMのサイズは16GBであり、GB単価は7.32USD/月、レプリカ数を2とすると上表の値となる。 S3は標準ストレージを利用するものとする。

以上より、I/O費用とデータ保持費用はトレードオフの関係にあり、高スループット書き込みをインメモリKVSで受け付け、蓄積したメトリックを低速なディスク指向KVSへ移動させる手法の有効性を確認できた。

4. 考察と今後の課題

Diamondの欠点

Diamondは、アーキテクチャレベルで以下の欠点をもつ。

  • (1) 最適化された専用DBMS方式と比べ、処理効率の観点で無駄が多い
  • (2) 各KVSにて実装されているデータ構造が異なるため、ある特定のKVSに実装されている特殊なデータ構造を使いづらい
  • (3) 構成が一見複雑にみえる

(1) については、アーキテクチャの章の概要で述べたように、他の要件の達成により欠点を補えると考えている。 (2) については、シンプルなKVSで表現できる時系列データ構造やインデックス構造の限界がどこにあるかを調査する必要がある。 (3) については、分散トレーシングなどの分散システムをモニタリングする技術の発達により、補えると考えている。

実装レベルでは、以下の欠点がある。

  • (1) S3に移動済みの古いタイムスタンプをもつデータポイントを書き込みしづらい
  • (2) データ位置の解決がヒューリスティックであり、データを正しいKVSから取得できることを完全には保証できない

(1)については、通常の書き込み経路とは異なる、過去の時系列データをまとめたファイルをバッチでアップロードする書き込み経路を実装することで解決できる。 (2)については、静的解決ではなくフォールバック方式またはインデックス方式による動的解決を考えている。

フォールバック方式とは、インメモリKVS、SSDベースKVS、HDDベースKVSの順にメトリック系列を参照することである。 タイムスタンプレンジの開始時刻のデータポイントが存在すれば、その時点でフォールバックを停止し、応答を返却する。 存在しなければ、引き続きフォールバックする。 欠点として、静的解決と比較して、低速なKVSに応答速度を律速されやすい可能性がある。

インデックス方式は、メトリック名とタイムスタンプレンジを入力として、該当するKVSを返却するインデックスにより動的解決することである。 インデックスはインメモリKVS上に保持しておき、データ移動が発生するたびに、インデックスを更新する。 欠点として、インデックス分のメモリ使用とI/Oが増加することがある。

将来機能

Diamondの時系列データモデルとして、現在のWhisperモデルに加えて、Prometheus22が提供するようなラベルによる多次元データモデルをサポートを考える。

前者の多次元データモデルの例を以下に示す。

requests_total{path="/status", method="GET", instance=”10.0.0.1:80”}
requests_total{path="/status", method="POST", instance=”10.0.0.3:80”}
requests_total{path="/", method="GET", instance=”10.0.0.2:80”}

メトリック名であるrequests_totalと、ラベルと呼ばれるキーバリューペアの組み合わせにより、メトリック系列を表現する。 Prometheusでは、V2ストレージではLevelDBによりラベルに対するインデックスを作成しており、V3ストレージでは転置インデックスに置き換えている23。 Prometheusのストレージはファイルシステム上に実装されている一方で、DiamondではKVS上に実装する必要がある。

そこで、V3ストレージエンジン同様に、次のように転置インデックスをKVS上に実装することを考えている。

  1. メトリック系列にユニークなIDを割り当て、データポイントを書き込む
  2. データポイントに紐づくラベルのキーペアをキー、ラベルに紐づくメトリックIDをバリューとして、別途用意したインデックス用KVSに書き込む。
  3. 参照時には、ラベルを入力として、メトリックIDを転置インデックスから取得し、メトリックIDをキーとして各KVSからデータポイント列を取得する。

5. まとめ

本稿では、時系列データに対する高い書き込みスケールアウト性、高可用性、費用効率、低い運用性、開発容易性を実現する時系列データベースアーキテクチャを提案し、実装を示した。 アーキテクチャの要点は、複数のKVSを組み合わせたヘテロジニアス構成、メッセージブローカーによるWALリプレイ、サーバレスアーキテクチャおよびべき等性とデータ幅を制御可能なデータ構造である。 考察では、アーキテクチャと実装のそれぞれの欠点と解決策、さらに多次元データ構造のサポートのアイデアを議論した。

今後の課題としては、以下の2点について、実験・調査したいと考えている。 まず、アーキテクチャ要件の(a)、(b)、(c)の有効性を示すために、先行実装であるGraphiteと比較実験する。 次に、アーキテクチャ要件の(d)、(e)の有効性を示すための文献を調査する。例えば、ソフトウェア開発論文のサーベイにより開発容易性やOSS実装の複雑性を示すヒントを発見する。

スライド

あとがき

@hirolovesbeerさんからの「ヘテロジニアス(heterogeneous)に込めた意味はなにか?」という質問に対してうまく答えられなかったが、この問いの答えがもともとあとがきで書こうと思っていたことだということに気づいたので、ここに記しておく。

ヘテロジニアスの対義語として、ホモジニアス(homogeneous)があり、ホモジニアスな時系列データベースとはここではDBMSの実装を一つだけ使ったものを指す。 それに対して、ここでのヘテロジニアスとは、異種混合データベースの上にデータベースエンジンを実装することを指しており、ヘテロジニアスであることがDiamondアーキテクチャのアイデアの要点となる。

Martin Kleppmann著、「Designing Data-Intensive Applications」24の12章 The Future Of Data Systemsにて、データシステムを構築する上で、すべての異なる状況に適した1つのソフトウェアは存在せず、異なるソフトウェアを組み合わせアプリケーションを開発していく必要があるという趣旨の意見が書かれている。 Diamondアーキテクチャは、この考え方の延長線上にあり、インデックス、WAL、メモリ上のデータ構造、ディスク上のデータ構造など、古典的なデータベースエンジンの構成要素を、ヘテロジニアス環境で再構築したものになる。 そして、サーバレスアーキテクチャにより、分散システム上での複数箇所にまたがるデータの更新、移動を、信頼性のあるビルディングブロックの上に構築しやすくなった。

実際に、ヘテロジニアスKVS環境でGraphiteを実装したもになるため、今度はヘテロジニアスKVS環境でPrometheusを実装することを考えるといろいろとアイデアがでてくる。

実はこれと似た話が身近にあり、例えば id:matsumoto_r さんの言葉を引用する。

今後はVMやコンテナの連携が今でいうOSとなる世界が来ると思っているので、古典的なOSの機能をいかにネットワークに通じたそれに置き換えていくかに挑戦 cgroupとLinux Capabilityの活用 - https://speakerdeck.com/matsumoto_r/rcon-and-capcon-internals-number-lxcjp

この言葉を、分散システム上でOSの構成要素を再構築していくということだと理解しており、これをデータベースに置き換えたような話をやろうとしている気がしてきている。

参考文献


  1. ウェブシステムの運用自律化に向けた構想 - 第3回ウェブサイエンス研究会 - ゆううきブログ

  2. B. Mitschang et al. “Survey and Comparison of Open Source Time Series Databases.”, In Proceedings of Database Systems for Business, Technology, and Web, 2017

  3. Florian Lautenschlager, et.al., “Chronix: Long Term Storage and Retrieval Technology for Anomaly Detection in Operational Data”, In Proceedings of 14th USENIX Conference on File and Storage Technologies (FAST), 2016.

  4. Jensen, Søren Kejser, et al. “Time Series Management Systems: A Survey.” IEEE Transactions on Knowledge and Data Engineering, vol.29, no.11, 2017, pp. 2581-2600.

  5. “Whisper”, https://github.com/graphite-project/whisper

  6. Pelkonen, Tuomas and Franklin, Scott and Teller, Justin and Cavallaro, Paul and Huang, Qi and Meza, Justin and Veeraraghavan, Kaushik, “Gorilla: a fast, scalable, in-memory time series database”, In Proceedings of the VLDB Endowment, 2015

  7. Michael P Andersen and David E. Culler, “BTrDB: Optimizing Storage System Design for Timeseries Processing”, In Proceedings of 14th USENIX Conference on File and Storage Technologies (FAST), 2016.

  8. Hatena Co., Ltd., “はてな、サーバー監視サービス「Mackerel」の時系列データベースを強化。1分間隔の時系列データ保持期間を460日に変更”, http://hatenacorp.jp/press/release/entry/2018/01/24/153000, 2018

  9. C. Mohan and Frank Levine, “ARIES/IM: An Efficient and High Concurrency Index Management Method Using Write-Ahead Logging”, at ACM International Conference on Management of Data (SIGMOD), June 1992.

  10. Sarah Allen, et al. “CNCF Serverless Whitepaper v1.0”, https://github.com/cncf/wg-serverless

  11. Amazon Web Services, Inc., “Amazon DynamoDB”, https://aws.amazon.com/dynamodb/, 2018

  12. Google, “CLOUD BIGTABLE - A high performance NoSQL database service for large analytical and operational workloads”, https://cloud.google.com/bigtable/, 2018

  13. Amazon Web Services, Inc., “Amazon Kinesis Data Streams”, https://aws.amazon.com/kinesis/data-streams/, 2018

  14. “Redis”, https://redis.io/

  15. Amazon Web Services, Inc., “Amazon S3”, https://aws.amazon.com/s3/, 2018

  16. Amazon Web Services, Inc., “AWS Lambda”, https://aws.amazon.com/lambda/, 2018

  17. 時系列データベースという概念をクラウドの技で再構築する - ゆううきブログ

  18. サーバレスアーキテクチャによる時系列データベースの構築と監視 / Serverlessconf Tokyo 2017 // Speaker Deck

  19. AWS で実現した Mackerel 時系列データ1分粒度長期保存の裏側 / Mackerel Meetup #11 Tokyo // Speaker Deck

  20. TimeFuzeアーキテクチャ構想 - 処理とデータとタイマーを一体化したデータパイプライン - ゆううきブログ

  21. DynamoDBのインフラコスト構造と削減策 - ゆううきブログ

  22. Prometheus Authors, “Prometheus”, https://prometheus.io/, 2018

  23. Fabian Reinartz, “Writing a Time Series Database from Scratch”, https://fabxc.org/, April 20 2017.

  24. Martin Kleppmann, “Designing Data-Intensive Applications: The Big Ideas Behind Reliable, Scalable, and Maintainable Systems”, O'Reilly Media, March 2017

DynamoDBのインフラコストの構造と削減策

Amazon DynamoDBは、RDSのようなインスタンスサイズによる課金モデルではなく、ストレージのデータ使用量とスループットを基にした課金モデルになっている。 インスタンスサイズによる課金モデルでないデータストア系サービスとして、他にはS3、Kinesisなどがある。 これらは、AWSの中でも、フルマネージドサービスと呼ばれる位置づけとなるサービスだ。 フルマネージドサービスは、ElastiCacheのようなそうでないものと比較し、AWSに最適化されていて、サービスとしてよくできていると感じている。

Mackerelの時系列データベースのスタックの一つとして、DynamoDBを採用している。 時系列データベースの開発は、コストとの戦いだったために、それなりにコスト知見が蓄積してきた。(時系列データベースという概念をクラウドの技で再構築する - ゆううきブログ)

(※ 以下は、2018年4月16日時点での情報を基にしている。)

DynamoDBのコスト構造

冒頭に書いたように、「ストレージのデータ使用量」と「スループット」を基にするため、インスタンスサイズモデルと比較して、よりアプリケーションロジックがダイレクトに反映されるコスト構造になっている。

正確なコスト定義は、公式ドキュメントを参照してほしいが、これを初見で理解するのはなかなか難しい。データ使用量のコストモデルはGB単価なため把握しやすい。しかし、スループットに関するキャパシティユニットの概念が難しい。 以下では、各要素について、メンタルモデルを説明する。 AWS Calculatorに適当な値をいれてみながらコストを見てみるとだいたいの感覚をつかめると思う。

ストレージのデータ使用量

ストレージのGB単価は、$0.25/GB/月であり、S3のStandardストレージクラスと比較して、およそ10倍程度となる。 こう聞くと割高に聞こえるが、画像やブログのテキストデータなどを格納しなければ*1、それほど高いというわけではない。 実際、1TBのデータ使用に対して、$300/月程度のコストとなる。

DynamoDBはSSD上に構築されている*2ようなので、安定して低レイテンシという性能特性があるため、大容量データをひたすら保持するというよりは、エンドユーザに同期的に応答するようなユースケースに向いている。

スループット

スループットによるコストには、「秒間のread数」と「秒間write数」と「対象のアイテムサイズ」が要素として含まれる。 S3のように月のAPIコール数の合計により課金されるわけではなく、予めどの程度のスループットとなるかを予測し、事前にキャパシティとして確保しておく必要がある。 したがって、見込んでいる最大のスループットにあわせてキャパシティ設定することになり、正味のリソース消費量よりも余分にコストがかかることに注意する。 ただし、後述するAuto Scalingにより、余分なコストを抑えられる可能性がある。

スループットによるコストは、大雑把には以下の特性をもつ。

  • 「秒間read数」または「秒間write数」に比例してコストが大きくなる
  • アイテムサイズを1KBに固定したときの「秒間write数」の単価は「秒間read数」の約5~6倍程度となる。読み取り整合性を結果整合性のある読み込みにすると、「秒間read数」のコストは1/2となる
  • readまたはwriteしたアイテムのサイズに比例してコストが大きくなる
  • 「アイテムサイズ」のコスト単位はreadとwriteで異なる。readは4KB単位で比例し、writeは1KB単位で比例する。
  • グローバルセカンダリインデックスおよびローカルセカンダリインデックスを利用する場合、writeする度に、内部的にインデックスの更新作業が走るため、writeコストが大きくなる。*3

2番目、4番目、5番目の特性がwriteスループットの大きいユースケースでDynamoDB利用が割高と言われる所以である。 同条件でのread(strong consitency)とwriteの差は、アイテムサイズが最小単位の場合では5~6倍程度となる。 さらに、アイテムサイズがより大きい場合では、readとwriteの差はより大きくなる。

複数アイテム操作

DynamoDBは、同時に複数のアイテムを操作するAPI(BatchGetItem、BatchWriteItem)があり、これらを用いてアプリケーションの性能を改善することができる。 しかし、基本的には、キャパシティユニットの消費を抑えられるわけではないため、これらのAPIを用いてコストが下がるわけではない。 ただし、Queryについては、単一の読み取りオペレーションとして扱われる*4。これについては最近まで見落としていた。 キャパシティーユニットの消費の詳細については、 https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/CapacityUnitCalculations.html に書かれている。

フィルタ式

フィルタ式を用いると、クライアントとDynamoDB間のネットワーク通信料を削減できる。 しかし、DynamoDB内部の読み取りオペレーションの数が減るわけではないため、キャパシティユニットの消費を抑えることはできない

コスト試算表

以下の表では、いくつかのケースで、スループットコストを試算している。実際には、readとwriteのワークロードは両方発生するため、readとwriteのコストの合計値となる。コストはap-northeast-1のもの。

アイテムサイズ(KB) read or write 秒間オペレーション数 読み取り整合性 コスト(USD)
1 read 1000 strong 100
1 read 5000 strong 540
4 read 5000 strong 540
40 read 5000 strong 5400
40 read 5000 eventually 2700
1 write 1000 - 500
4 write 1000 - 2000
4 write 5000 - 10800

表をみるとわかるように、writeのコストが大きくなりやすい。

ネットワーク

同一リージョンの他のAWSサービスとの間で転送されたデータは無料となる。S3と基本的に同じ。

ただし、プライベートサブネットにあるクライアントからDynamoDBへ転送されたデータには、VPC NAT Gateway での転送処理コストが発生する。 https://aws.amazon.com/jp/vpc/pricing/によると、TokyoリージョンではGB単価が$0.062であり、AZ間通信の$0.010/GBの6倍あるため、あなどれないコストになる。

コスト削減策

知る限りのDynamoDBのコスト削減策を書いてみる。ここにある方法以外の策がほしい場合は、そもそもDynamoDBに向いてないユースケースか、アーキテクチャレベルで再設計する必要があるかもしれない。

リザーブドキャパシティ

DynamoDBには、EC2のリザーブドインスタンスのように前払いにより、コストを下げるリザーブドキャパシティがある。 https://aws.amazon.com/jp/dynamodb/pricing/によると、前払いした分のキャパシティ消費が$0になるわけではなく、別途時間料金が設定されており難しい。 最大効率では、1年間前払いで、約50%程度の割引になり、3年間前払いでは、約75%程度の割引になるはず。

Auto Scaling

前述したように、DynamoDB Auto Scalingにより、固定的なキャパシティ割り当てから、実際に消費したキャパシティユニットにより近づけることで、コスト削減できる。 ただし、一日のキャパシティ削減回数には限りがあるため、インターバルの小さいキャパシティ増減には対応できない。

メモリキャッシュ & DAX

DynamoDBのシャーディング機構は、プライマリキーを内部ハッシュ関数への入力とし、内部的なノード配置を決定する。 したがって、特定プライマリキーにreadまたはwriteが集中すると、テーブルのキャパシティを増やしても、1つのノードの性能限界にあたってしまう。

readについては、前段にmemcachedのようなキャッシュを挟むことで対応できる。 もしくは、DynamoDBのインメモリキャッシュであるDynamoDB Acceleratorを使う。 DAXはDynamoDBのwrite throughキャッシュとして動作し、DynamoDBのストレージまで到達してから、DAX上のアイテムに書き込み、レスポンスを返す。 一方で、読み込みは、インメモリキャッシュのレスポンスを返すため、readが支配的なワークロードで効果を発揮する。 DAXの動作モデルについては、https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/DAX.consistency.htmlが詳しい。 DAXは自分で使ったことがないので、DAXそのもののコストについては理解が浅いが、インスタンスタイプベースのコストモデルになっている。

TTL

DynamoDBではアイテムの削除もwriteとして扱われる。 時間経過による自動削除を許すケースであれば、TTLにより、writeコストを削減できる。 TTLによる削除であれば、キャパシティユニットを消費しない。 TTLはアイテムごとに設定できるため、RedisやMemcachedと同じような感覚で扱える。 ただし、おそらく内部的にはコンパクションのタイミングで削除されるため、設定したTTLの時刻になった瞬間に削除されるわけではないことに注意する。

テーブルデータ構造

前述したようにDynamoDBは、writeが支配的なワークロードで、コストが大きくなりやすい。 しかし、メインDBとなるMySQLやPostgreSQLはwriteスケールアウトしづらいため、DynamoDBを使いたいケースにはwriteが支配的であることは多いように思う。 スループットコストの特性からみて、基本的には、writeの回数を減らすか、アイテムサイズを小さくすることで対処する。

writeの回数を減らすには、一つのアイテムに詰め込んで書き込むことになる。 しかし、単純に詰め込んでも、アイテムサイズに比例して、一回あたりの書き込みコストが増加してしまう。 そこで、例えば、1KBが最小単位なため、1KB未満のデータを書き込んでいる場合は、1KBぎりぎりのサイズになるように、データを詰め込んで書き込む。

アイテムサイズを小さくするには、なんらかの手段で圧縮し、バイナリとして書き込むという手段がある。 バイナリとして書き込む場合は、アイテムの追記が難しい。追記するには、一旦アイテムのデータを読み出してから、データを連結して書き込む必要があり、読み出しコストが余分にかかる。リスト型やマップ型の要素としてバイナリ型を使って意味があるケースであれば、素直に追記できる。

数値はおおよそのサイズが「(属性名の長さ)+(有効桁数 2 あたり 1 バイト)+(1 バイト)」と書かれており、桁数ベースなので、バイナリとして扱うほうがサイズ効率はよい。 https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/CapacityUnitCalculations.html

あとは、属性名の長さがアイテムサイズに含まれるので、長い属性名を付けている場合は、短くするとよい。

ネットワーク転送

NAT Gatewayのコストは、DynamoDB VPCエンドポイントにより回避できる。 S3とDynamoDBのVPCエンドポイントは、ゲートウェイVPCエンドポイントと呼ばれるタイプのエンドポイントで、プライベートなDNSエンドポイントが払い出されるわけではなく、VPCのルーティングテーブルを変更し、L3でルーティングする。 想像したものと違ったので、面食らったが、NAT Gatewayのコストは問題なく削減できる。

まとめ

DynamoDBのコスト構造と、自分が知るコスト削減手段を紹介した。 DynamoDBは、データモデルとコストモデルのための公式ドキュメントがもちろん揃っているのだが、計算式はそれなりに複雑になので、妥当な感覚を掴むまでに時間がかかった。 コスト見積もりし、サービスインしたのちに、実際の使用量を確認し、改善策を打つことで、徐々に理解が進んできた。 CPU、メモリなどのハードウェアベースのキャパシティプランニングとは異なり、アプリケーションロジックフレンドリーな計算モデルなため、アプリケーション開発者がコスト見積もりやスケーリング対応をしやすいサービスになっている。

ちなみにAWS Lambdaのコスト構造については、次のエントリ内で紹介している。コスト効率の悪いLambdaアプリケーションの性質に関する考察 - ゆううきブログ

*1:そもそも、DynamoDBはアイテムサイズが現在のところ400KBまでという制限がある https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/Limits.html#limits-items

*2:https://aws.amazon.com/jp/dynamodb/

*3:プライマリキー単体と比較して、プライマリキー+ソートキーの複合キーの作成により、追加のwriteコストが発生することはないと認識しているが、ドキュメントを見つけられなかった。

*4:内部的にはソートキーでソートされたSSTableのような構造になっていて、Queryは、OSのファイルシステム上で連続領域に対するreadになり、1回か少ないI/Oで読み出せるためではないかと推測している

Webサービスをデータセンター移行するときに必要となる技術要素

クラウドへの移行を含むデータセンター(以下DC)移行事例を基に、WebサービスをDC移行するための基本的な技術要素を紹介します。具体的には移行手順、データベースのデータ移行、ネットワーク、DNSなどです。 最近、社内で大規模なDC移行を実施しつつあり、DC移行とはなにかをメンバーへ共有するための文章でもあります。 ちなみに、この記事はHosting Casual Talks #4の発表内容を書き下ろしたものです。

続きを読む

AnsibleとDockerによる1000台同時SSHオペレーション環境

1000台同時SSHオペレーション環境を構築するにあたって、手元のローカル環境の性能限界の問題を解決するために、オペレーションサーバをSSHクライアントとすることによりSSH実行を高速化した。実行環境としてDocker、レジストリとしてAmazon ECR(EC2 Container Registry)を用いて、ローカル環境とオペレーションサーバ環境を統一することにより、オペレーションサーバの構成管理の手間を削減した。

はじめに

3年前に Ansible + Mackerel APIによる1000台規模のサーバオペレーション - ゆううきブログ という記事を書いた。 この記事では、ホストインベントリとしてのMackerelと、並列SSH実行にすぐれたAnsibleを組み合わせ、オペレーション対象のホスト情報をプログラマブルに管理する手法を紹介した。また、工夫点として、並列SSH実行する上でのパフォーマンスチューニングやレガシーOSでの対応について紹介した。

しかし、並列度をあげるとforkするプロセスの個数が増えてローカル環境のリソースをくいつぶすという問題があった。加えて、並列度が小さいと実行終了まで待たされるという問題があった。 さらに、ローカル環境のOSやハードウェア性能が人によって異なるため、ローカル環境を統一して整備する手間があった。特に毎日利用する用途ではないため、利用頻度に対する整備コストが大きかった。

そこで、ローカルから対象ホスト群に接続するのではなく、オペレーションサーバをクライアントとして対象ホスト群に接続する仕組みに変更した。 これにより、スケールアップが容易になり、普段利用しているサーバ構成管理ツールを用いて、複数ユーザが同じ環境を利用できるようになった。 オペレーションサーバを対象ホスト群と同じデータセンター内に配置すれば、SSHクライアントと対象ホスト群とのレイテンシが小さくなるため、実行速度が向上する可能性があるというメリットもある。

しかし、playbookの開発にはオペレーションサーバではなくローカル環境を用いるため、ローカル環境とオペレーションサーバ環境の差異を小さくできるほうがよい。 そこで、Dockerを用いて、ローカルとオペレーションサーバ共通の環境を構築する。

アーキテクチャと実装

アーキテクチャ

アーキテクチャを図1に示す。 図1: アーキテクチャ

単一サーバから命令を各サーバへ送信するPull型のイベント送信モデルになる。 ローカル -> オペレーションサーバ -> 対象ホストの流れに沿ってSSHログインする。 オペレーションサーバ上では、並列SSHツール(Ansible)が起動し、記述したplaybookにしたがい、オペレーションを実行する。 対象ホスト一覧は、ホストインベントリ(Mackerel)のAPIから取得し、フィルタ(Ansibleのfilter)により、除外パターンを記述できる。 Ansibleそのものとplaybook、スクリプトなどが入ったDockerイメージをコンテナリポジトリ(ECR)にPUSHし、オペレーションサーバ上でPULLしておく。

ヘルパースクリプト

運用観点では、オペレーションサーバのホスト名、Dockerイメージ名、コンテナ名などを覚えてオペレーションはしたくない。 そこで、ヘルパースクリプト yuuki/ansible-operation-helper を参考のため公開している。これは社内事情を吸収するための層になるため、汎用的ではなく、そのまま動くわけではない。

  • Makefile: でDockerイメージのビルド、ECRへのプッシュ、オペレーションサーバへのデプロイ、オペレーションサーバが動作するかどうかチェックするテストのタスクを定義している。
  • bin/on_local_container: ローカルのDockerコンテナ上で引数指定したコマンドを実行する。
  • bin/on_remote: オペレーションサーバにSSHしつつ、引数指定したコマンド実行する。
  • bin/on_remote_container: オペレーションサーバ上のDockerコンテナにて、引数指定したコマンドを実行する。
  • libexec/mackerel.rb: Mackerel用のAnsible Dynamic Inventory。

工夫

オペレーションサーバ越しのroot権限実行

一斉にOSのパッケージを更新したいなど、コマンドをroot権限で実行したいことはケースはたくさんある。 Ansibleでは、Becomeにより、対象ホストにてコマンドをsudo/suを用いて、インタラクティブパスワード入力でroot権限実行できる。 しかし、たいていはsudoerの秘密鍵がローカルにあるため、オペレーションサーバ経由で対象ホストにsudoerとしてログインするにはひと工夫必要になる。 *1

オペレーションサーバ上には当然sudoerの秘密鍵を配置するわけにはいかないため、今回はagent forwardingを用いた。 agent forwardingにより、オペレーションサーバ上のssh-agentプロセスがUNIXドメインソケットを提供し、オペレーションサーバ上のSSHクライアントがそのソケットから認証情報を読み出し、対象ホストへのSSH接続を認証する。

Agent forwarding should be enabled with caution. Users with the ability to bypass file permissions on the remote host (for the agent's Unix-domain socket) can access the local agent through the forwarded connection. An attacker cannot obtain key material from the agent, however they can perform operations on the keys that enable them to authenticate using the identities loaded into the agent.

https://linux.die.net/man/1/ssh

agent forwardingは、セキュリティポリシー上、問題ないか確認した上で利用したほうがよいと考えている。 上記のssh(1)のmanにも書かれているように、攻撃者がagentにロードされた認証情報を使って、オペレーションすることができてしまう。*2 例えば、インターネットに公開された踏み台サーバ上でagent forwardingを用いることは好ましくない。

ヘルパーツールでは、agent forwardingをむやみに利用しないように、on_remoteラッパー実行時のみ、 forwardingを有効するために、-Aオプションを用いている。参考

rawモジュールとscriptモジュールのみの利用

本格的なサーバ構成管理をするわけではないため、シェルスクリプトを実行できれば十分だ。 Ansibleにはrawモジュールscriptモジュールがあり、シェルスクリプトを実行できる。 rawモジュールとscriptモジュールのメリットは、対象ホスト上のPython環境に左右されずにオペレーションできることだ。 例えば、Ansible 2.4からPython 2.4/2.5のサポートが切られた*3ため、CentOS 5ではepelからpython 2.6をインストールして使うなどの手間が増える。Ansible 2.4 upgrade and python 2.6 on CentOS 5

Ansibleの実行ログのGit保存

どのサーバに対してオペレーションしたかを記録するため、ログをとっておくことは重要だ。 CTO motemenさんの furoshiki2を用いて、Ansibleのコマンド実行ログをGit保存している。 作業ログと履歴をシンプルに共有できる furoshiki ってツールを書いた - 詩と創作・思索のひろば 前述の on_remote_container 内でansible-playbookの実行に対して、furo2コマンドでラップするだけで使える。

まとめと今後の課題

AnsibleとDockerを用いて、オペレーションサーバ経由で、大量のサーバに同時SSHオペレーションする環境の構築例を紹介した。 アーキテクチャと、アーキテクチャを実現するOSS、ヘルパーツールに加えて、3つの工夫として、agent forwardingによる権限エスカレーション、raw/scriptモジュールの利用、furoshiki2によるログのGit保存がある。

並列SSHすることが目的であれば、Ansibleはややオーバーテクノロジーといえるかもしれない。 具体的には、YAMLにより宣言的に記述されたplaybookや、各種Ansibleモジュールは今回の用途では不要であり、これらの存在は余計な学習コストを生む。 そこで、シンプルな並列SSHコマンド実行ツールとして、最近発見したorgalorgに着目している。 サーバとの接続に対してプロセスをforkするAnsibleと異なり、orgalorgはgoroutineを用いるため、より高速な動作を期待できる。 しかし、現時点では、パスワードありsudo実行、ssh agent forwardingに対応していない*4ことと、AnsibleのPatterns機能が、ホスト管理上非常に便利なため、今のところはAnsibleを利用している。

*1:LinuxユーザとSSH鍵の管理ポリシーにより、とりえる手段がかわってくるため注意

*2:鍵の中身そのものを取得はできないとのこと

*3:https://github.com/ansible/ansible/issues/33101#issuecomment-345802554

*4:これぐらいならコントリビュートできそう

2017年のエンジニアリング振り返り

はてなに入社して4年経った。

2017年のエンジニアリング活動を一言でまとめてみよう。

時系列データベースの開発にはじまり、なぜかIPSJ-ONEで登壇し、その後IPSJ-ONEでの構想をベースにはてなシステム構想を考え始め、ウェブサイエンス研究会でストーリーとしてまとめ上げつつ新たな可能性に気づき、それを実践していく場としてウェブシステムアーキテクチャ(WSA)研究会を立ち上げた。

一方で、仕事では、昨年の振り返りに書いているように、エンジニアとしての専門性を発揮する機会が薄れてきたという問題意識が、いよいよ深刻な課題へと変貌したように感じている。それも残念ながら自分一人だけの問題ではなくなってきた。 この課題をエンジニアリングそのものではなく、人間のスケールアウトでは解決できない、組織アーキテクチャの課題であると捉えている。 組織アーキテクチャの課題を解くための鍵は、今のところ「未来を定義する」「未来に向かって集中して取り組める環境をつくる」ことだろうと仮定している。 前者の未来については前述のシステム構想があり、後者の方法論として今年実践する機会のあったプロジェクトマネジメントがある。

したがって、来年は、今年構想したビジョンを技術と組織の両輪を回し、実現し始める、ということが目標になる。 そしてその裏には、エンジニア個人としては技術を作る技術をやっていきたいと思いつつ、生活時間の大半である業務の課題はマネジメントであるというギャップをどう埋めて一つのストーリーとしていくかが重要になるだろう。

ここまで、いきなりまとめに入ったのだけれど、2017年に力を注いだ各トピックについて細かく振り返ってみる。

  • 時系列データベースの設計・開発・運用
  • 学術研究のアプローチとの出会いとビジョンの構想
  • プロジェクトマネジメント
  • アウトプット

時系列データベースの設計・開発・運用

このTSDBのオレオレ実装を、半年毎日コード書いて頑張っていたのだけど、リリース前に疲弊しまくって睡眠もうまくとれなくなってしまったので、途中までになってしまった。https://github.com/yuuki/diamondb/ 個人でやるプロジェクトとしては、ひと通り動くまでに時間がかかりすぎ、細かくロードマップを引きづらかったので、サーベイを続けて、新たな課題を発見し、その課題を小さく解決する手法を編み出したい。

TSDBの開発は、大きな成果だと思っており、この知見を横展開するために、より汎用的なアーキテクチャにできないかと考えたのが、TimeFuzeアーキテクチャ構想だ。

時系列データベースに限らず、大規模な計算機システムのモニタリングを支えるデータ処理アーキテクチャが好きなので、今後のライフワークとしていきたい。

学術研究のアプローチとの出会いとビジョンの構想

突然だけど、id:matsumoto_r (まつもとりー)さんの昨年の振り返りをみてみよう。

さらに、id:y_uuki さんとは今年1年非常に仲良くさせていただいて、12月はなぜか毎週会って何かイベントごとをこなすようなぐらい、企業・アカデミア方面で関わることが多かったように思います。いつか、企業とアカデミアの両方の要素を含む新しい研究会みたいなものを一緒に作っていけるといいな、ぐらいに一方的に信頼しており、色々と今年は無茶をお願いしましたが、できるだけその無茶をちゃんと責任をもってサポートできるようにしたいと思います。

エンジニア・研究者とはどうあるべきか - 2016年振り返りと新生ペパボ福岡基盤チームの紹介 - 人間とウェブの未来

今年は、まつもとりーさんのおかげもあって、学術研究コミュニティとの関わりが深くなった年だった。 前述の 高度に発達したシステムの異常は神の怒りと見分けがつかない - IPSJ-ONE2017 - ゆううきブログ に始まり、まつもとりーさんの5年間の挑戦の最後を見届け matsumotoryさんの博士学位論文公聴会に参加し、見て聞いて考えたこと - ゆううきブログペパボ・はてな技術大会では考えたビジョンをみてもらって、自分なりにウェブシステム全体をみてストーリー化し、それに対して議論していただいて、最後は「企業とアカデミアの両方の要素を含む新しい研究会」としてウェブシステムアーキテクチャ研究会を一緒に立ち上げることができた。

その中で気づいたのは、学術研究のアプローチにより、ウェブシステムの分野におけるある種の限界を突破できるかもしれないということ。 ここでの限界というのは、同じことの繰り返しで積み上げによる進化をしていないじゃないか感と、シリコンバレーの巨人の西洋技術を取り入れるだけで自分たちの存在価値とはなんなのだろう感を指している。 それらに対するアプローチは既にあり、前者は体系化、後者は徹底したサーベイと自分なりの思考からの新規性ということになる。 このあたりのよもやまについてはTwitterにあれこれ書いていた

ちなみに、学術研究のアプローチを企業でのエンジニアリングに導入することで何が起きるかについては、まつもとりーさんの下記の2つの記事にすべて書かれている。*1

なにより重要なのは、そもそもなにがやりたいのかという自分の欲求と、それが実現したらどんな世界になるのかをイメージすることだとまつもとりーさんは何度もおっしゃっていた。*2 前者はともかく後者はまあいいんじゃないと思いがちだし、実際何度もそう思った。 特に現場の泥臭い運用をやっていれば、なおさらそう思う。 しかし、前者だけであれば個人の趣味でしかないので、食べていくために仕事をしないといけないとなると費やせる時間は限られる。 そこで、欲求が世界にどう作用するかを考えることで、やりたいことを仕事にできる...はず*3

こういうことをずっと考えていた1年だった。 こうしてちょっとずつ自分なりの道をつくりつつあるのも、まつもとりーさんのおかげだなあとしみじみ思います。いつもありがとうございます。

プロジェクトマネジメント

時系列データベース開発とクラウド移行のプロジェクトを丸ごと任された結果、物事を前に進めるための条件というものがあることを体感で理解したように思う。 これをウェブオペレーションチームの一部で実践しはじめ、小さな範囲でうまくできそうだということがわかってきたので、来年はチームというか部署全体で適用していきたい。 これらについては、まだアウトプットしていないのでどこかでアウトプットしたい。daiksyさんの薦めで、RGST2018に応募していたのだけど、残念ながら選考で落ちてしまった。

SREの分野のマネジメントって、SRE本以外に世の中に知見があまりなく、逆にチャンスだと思うが、自分が追求することではないと思っているので、誰かこれをはてなで追求したい人がいないかを探している。

アウトプット

OSS

以前開発していたdrootが、[capze](https://github.com/yuuki/capze]とともにオンプレミス上の大きめのサービスで稼働しはじめ、明らかになったバグを修正したりしていた。

アーキテクチャ設計に関わった GoとMySQLを用いたジョブキューシステムを作るときに考えたこと - ゆううきブログ では、id:tarao さんにより Fireworq として実装され、公開された。今、1200 starsとかになっていてすごい。

ブログ

登壇内容をベースにそれをできるかぎりしっかり文章にまとめるということをやり続けている。 なぜかというと、アウトプットのスケーラビリティを非常に強く重視していて、登壇資料はあくまで当日その場のためのものであり、文章として後に残すことが自分のためにも重要だと考えているためだ。 最小のインプットで最大のアウトプットが鉄則。

登壇

過去最多の11本。とはいっても、数とかどこで登壇したかは問題ではなく、何を考え何を話したか、それぞれの登壇に何かしらの挑戦があったかが重要だと思う。

あとがき

エンジニアとしてやりたいことと、仕事で実際にやっていることとの乖離が大きくなってきた。 そもそも、仕事ではだいたいその場しのぎの解決しかできず、あとは家に帰ってがんばるということがこれまでほとんどではなかったかとすら思う。 世の中のすごいエンジニアもみんなそんなもので、もっとたくさんのプライベート時間を費やしているか、技術力が圧倒的だから少ない時間できれいに解決できるに違いない、自分はまだまだなのだという気持ちでいたのだけど、どうやら必ずしもそういうわけではなさそうだと感じはじめた。 人が増えれば解決するはずだと、信じていたが脆くもその願望が打ち砕かれつつある。サーバ増やしてもスケールしないのと同じでアーキテクチャの問題。

乖離を埋めるためには、どうしたらいいのか。 技術力を発揮するというより、組織やプロジェクトをマネジメントすることが必要だと自分で導出してしまったため、矛盾しているような気もする。 マネジメント、あれほどやりたくないと言っていたのだけど、それが課題となればやるしかない。

自分の技術力向上については、WSA研を目安に研究志向でアイデアをOSSとして実現しつつ、より高みを目指したアウトプットとして論文を書いていきたい。

最後にid:tomomiiさんの縁側トーク 道をつくるを載せておき、来年また思い出せるようにしておく。tomomiiさんに道の概念を話してもらってから、自分の道とはなにかということを頭のなかでずっと考えている気がする。

*1:前者は僭越ながらはてなブログ大賞に選出させていただきました。

*2:イメージすることについては、以前書いた記事で紹介させていただいた、イメージできることを実践するを連想する。

*3:本当はもうすこし深い意味があると思うのだけど、現状はこういう理解でいる

TimeFuzeアーキテクチャ構想 - 処理とデータとタイマーを一体化したデータパイプライン

この記事は第1回ウェブシステムアーキテクチャ(WSA)研究会の予稿です。

cronのようなタイムスケジューラーにより、定期的に実行されるバッチ処理の課題を解決するアーキテクチャを最近考えている。 この記事では、単一のタイムスケジューラによるcronベースの手法に代えて、データに対してタイマーと処理を仕込むことでスケールさせやすい構造にできないか、という提案を試みる。

はじめに

Webサービスにおいて、リクエストに対してHTMLのレスポンスを返却する以外のワークロードの多様化が進んでいる。 最近であれば、機械学習による時間周期による大規模なデータ処理が求められることも多い。 その他、月次の課金バッチ処理や、ランキングの定期更新など、一定の時間間隔で任意の処理を実行したいケースは多い。

このような定期的なデータ処理パターンは、SRE本[Bet17]の25.1節「パイプラインのデザインパターンの起源」にて、データパイプラインと定義されるデザインパターンに分類できる。

データ処理に対する旧来のアプローチは、データを読み取り、希望する何らかの方法でそのデー タを変換し、新しいデータを出力するプログラムを書くというものでした。通常こういったプログラムは、cron のような定期スケジューリングを行うプログラムの制御の下でスケジュール実行されました。このデザインパターンはデータパイプラインと呼ばれます。 「SRE サイトリライアビリティエンジニアリング ――Googleの信頼性を支えるエンジニアリングチーム」

データパイプライン処理を実現する一般的な方式は、特定サーバ上のcronなどのタイムスケジューラーにより、バッチ処理を実行させる方式である。

一般のデータパイプラインの欠点として、25.3節「定期的なパイプラインパターンでの課題」にて、期限内に実行が終わらないジョブ、リソースの枯渇、処理の進まないチャンクとそれに伴う運用負荷が挙げられている。 この記事では、一般のデータパイプラインの課題は以下の4つであると仮定する。

  • a) データ量増大にあわせたスケーリング運用の難しさ
  • b) バッチ処理途中のエラー処理の難しさ
  • c) タイムスケジューラそのものの運用の煩雑さ
  • d) 実行頻度設定の柔軟性の低さ

一般のデータパイプラインの課題を、データと処理とタイマーを一体化するアーキテクチャにより解決できると考えている。 提案するアーキテクチャでは、データに紐付いたタイマーがジョブを起動する。 これにより、一般手法と比較し、スケーラブルかつ細かい粒度で制御しやすいデータパイプライン処理ができる。 起爆装置と爆薬とタイマーを一体化した時限信管(Time Fuze)に似ていることから、このアーキテクチャを「TimeFuzeアーキテクチャ」と名付けてみた。

課題aについては、最初から並行処理を前提としたアーキテクチャにより解決できる。 課題bについては、バッチ処理ではなくレコード単位でジョブ定義することにより解決できる。 課題cについては、データストアのTTLによりスケジューラホストが不要となる。 課題dについては、タイマー設定の粒度をレコード単位で設定することで解決できる。

以前開発した時系列データベースアーキテクチャ[yuu17]では、特性の異なる3種類の分散データストアを組み合わせ、古いデータを遅いディスクへ徐々に逃していくことにより、性能とコストを最適化した。データストア実装として、インメモリDB(Redis Cluster)、オンディスクDB(Amazon DynamoDB)、オブジェクトストレージ(Amazon S3)を採用している。 このアーキテクチャを考える上で重要なのは、どのようにデータを移動させるかということだった。 前述の一般的な手法により、データレコードを走査し、一定以上古いタイムスタンプをもつレコードを読み出し、次のデータストアへ書き込むという素朴な手法をまず考えた。 時系列データベースのアーキテクチャでは、これをデータストアのレコード単位のTTLを利用して解決した。 具体的には、データストアに書き込むときに、レコードに対してTTL(Time To Live)を設定し、TTLが期限切れになったタイミングで、トリガーを起動し、期限切れレコードを別のデータストアへ書き込む。 実装として、DynamoDB StreamsとLambda Triggersの組み合わせ[dyn01]とDynamoDBのTTL[dyn02]を利用し、DynamoDBからS3へデータを移動させた。 これにより、パイプライン処理を、バッチ処理ではなく、レコード単位のイベント駆動型処理に置き換えられた。

のちに、TTLを用いたデータパイプラインアーキテクチャを時系列データベース以外のデータパイプラインに適用できないかを考えた。 例えば、機械学習の学習モデルの定期更新や、マルチテナント環境における大量のSSL/TLS証明書[mat17]の定期更新などがある。 以降では、TimeFuzeアーキテクチャの詳細と実装手段、アプリケーション適用について議論する。

提案手法

TimeFuzeアーキテクチャ

TimeFuzeアーキテクチャの動作フローを以下の図に示す。

DataSourceはデータパイプラインの読み出し側を指し、DataDestinationは書き出し側を指す。 TriggerはDataSourceレコード単位のパイプライン処理を実行する。

まず、DataSourceに対して、Triggerを実行したい時刻を表すTTLと共にデータレコードを書き込む。 次に、TTLの期限切れ(expire)を検知し、Triggerに期限切れしたレコードを渡す。 さらに、Triggerが渡されたレコードをもとに所定の処理を実行し、DataDestinationに対して、結果を書き込む。 Triggerでは、その他のAPIやデータストアからデータを取得することもある。 DataDestinationは、DataSourceと同一のデータストアでもよい。 前述の学習モデルの更新や証明書更新の例では、DataSourceとDataDestinationは同一のデータストアを利用することを想定している。

TimeFuzeのメリット

TimeFuzeアーキテクチャには以下のメリットがある。

  • a) 並行処理を前提としたアーキテクチャであり、スケールさせやすいこと
  • b) エラーからの回復処理が容易であること
  • c) タイムスケジューラとバッチ処理のためのホストもしくはクラスタの構築・運用が不要であること
  • d) レコード単位でタイマーをセットするため、ジョブの実行頻度をレコード単位で調整可能

a) について、バッチ処理の場合、マルチコア・マルチホストスケールさせるまたはI/O多重化するための並行処理実装を開発者に要求する。 TimeFuzeでは、レコード単位でトリガー処理を記述するため、スケールさせやすい。 b) について、TimeFuzeでは、1レコード分の処理を書けばよいため、エラー発生時にリトライする場合、どこまで処理を終えたかを記録するといった回復処理のための実装が必要がない。

TimeFuzeの実装

実装として、Amazon DynamoDBとAWS Lambdaを利用する例と、Redisを利用する例をあげる。

Amazon DynamoDBおよびAWS Lambda

Amazon DynamoDBは、フルマネージド型のNoSQLデータベースサービスである。 AWS Lambdaは、任意のイベントを入力として任意の処理をFunctionとして登録しておくと、イベント発火を契機にFunctionを呼び出せる。 これらを組み合わせ、DynamoDB上のレコードに対する登録、更新、削除のイベントを契機に、Lambda Functionをトリガーとして実行できる。 DynamoDBはTTLをサポートしており、TTL expiredイベントを契機にLambda Functionを実行できる。

DynamoDBをDataSourceとして、トリガー処理にLambdaを利用することで、TimeFuzeアーキテクチャを素直に実装できる。

Redis

Redisは多彩なデータ構造をもつインメモリDBであり、昨今のWebアプリケーションのデータストアの一つとして、広く利用されている。 RedisはKeyspace通知[rednot]機能をもち、キーに対するイベントをPub/Subにより、購読者にメッセージ通知できる。 Keyspace通知を利用し、DynamoDB同様にトリガー処理を実現できる。

ただし、実運用のためのトリガー処理を実現するには、イベント通知以外に、通知するイベントの永続化とイベントを受信し処理するトリガーの実装が必要となる。 Redis自体は、後者の2つをサポートしないため、アプリケーション開発者が汎用的に利用できる実装を提示したい。

そこで、以前筆者が開発したジョブキューシステム[yuu14]Fireworq[gitfir]に着目する。 Fireworqでは、ジョブの永続化をサポートし、所定のインタフェースを満たしていれば任意の言語で開発したWebアプリケーションサーバに対してジョブ実行を依頼できる。 RedisのKeyspace通知とFireworqを組み合わせることにより、メッセージの永続化をサポートしつつ、任意の言語によるトリガー処理を実現できる。 ただし、RedisにKeyspace通知を受信し、Fireworqへ投稿するコンポーネントを新たに実装する必要がある。

TimeFuzeの具体的なアプリケーションへの適用

自分の最近の業務経験から、時系列データの異常検知と大規模SSL/TLS証明書管理アプリケーションへのTimeFuzeアーキテクチャの適用を考えた。

時系列データの異常検知

機械学習をWebサービスに導入すると、最新の投稿データに追従するために、定期的に学習モデルを更新することがある。 TimeFuzeにより、DataSource上のモデルの更新処理をTriggerとして登録し、モデル更新時にTTLをセットして再書き込みすることにより、データパイプラインとして機能する。

時系列データによる異常検知では、収集したメトリック系列もしくはメトリック系列の集合に対して、学習モデルを構築する。 学習モデル構築後に収集されるメトリックに対応するため、学習モデルを定期的に更新する必要がある。

このアプリケーションにTimeFuzeアーキテクチャを適応することを考える。 学習モデルを更新するのみで、学習モデルを他のデータストアに移動させる必要はないため、DataSourceとDataDestinationは同一のデータストアとなる。 各学習モデルのレコードにTTLを設定し、Triggerが外部データストアからメトリックを取得し、学習処理を実行したのちにDataDestinationに対して上書き更新する。

大規模SSL/TLS証明書管理

ブログサービスやレンタルサーバーサービスのようなマルチテナント環境[pep17]にて、大量のSSL/TLS証明書を管理し、数ヶ月ごとに更新するケースがある。Let's Encrypt[letenc]の場合、証明書の期限は3ヶ月となる。

[mat17]では、サーバ証明書と秘密鍵をWebサーバ上のファイルシステムに格納するのではなく、データベースに格納し動的取得するアーキテクチャが提案されている。 データベース上の証明書と秘密鍵を定期的に更新するために、TimeFuzeアーキテクチャを適用することを考える。 各ドメインに対する証明書および秘密鍵のレコードにTTLを設定し、Triggerが証明書を再取得し、DataDestinationへ上書きする。 Let's Encryptの場合、ACMEプロトコルにより証明書を自動発行できる。

考察

TimeFuzeの適用条件

現在のところ、TimeFuzeの適用条件は、y_uukiの経験に頼っており、明らかでない。*1 既存のデータパイプラインアプリケーションの課題をサーベイし、適用条件を整備することは今後の課題である。 現段階では、以下のデメリットにあてはまるケースに加えて、少なくともデータレコード数が一定以上大きくなければメリットを享受しづらいことがわかっている。

TimeFuzeのデメリット

TimeFuzeアーキテクチャはあらゆるデータパイプラインに適用できるわけではない。

アーキテクチャレベルでは、Triggerがレコード単位でジョブを実行するため、DataSource上の複数のレコードをマージする必要がある処理をしづらいというデメリットがある。 従来手法であれば、DataSource上のレコードをグループ化して読み出し、マージ処理することは容易である。 一方、TimeFuzeアーキテクチャでは、マージする必要がないように最初から1つのレコードにまとめて書き込む必要がある。

さらに、実装レベルでは、TTLを利用することのデメリットとして、データの一貫性と、ジョブ実行タイミング制御の困難性がある。 前者では、レコードが削除されてから更新されるまでレコードを参照できない期間があり、アプリケーションに工夫を要求する。 後者は、TTLの期限切れを過ぎてから実際に削除されるまでのディレイが大きいと、開発者が意図したタイミングよりも遅れてジョブが実行されることがありえる。 DynamoDBのTTL実装の場合、ベストエフォートベースでTTL期限切れ以降2日以内に削除することを目指している[dyn03]

TimeFuzeのデメリットの解決

TTLのデータの一貫性の問題は、TTLをタイマーとして利用するのではなく、設定した時刻を経過したイベントのみを発行し、レコードを削除しない機能をデータストアに組み込むことで解決できる。

ジョブ実行タイミング制御の問題は、RedisやCassandraなどTTLをサポートしたデータベース実装を調査し、ディレイ時間を計測する必要がある。

アーキテクチャレベルの課題について、リレーショナルモデルのようなデータレコード間の関係の概念を導入することにより、複数のレコードを前提としたアーキテクチャへ昇華できるかもしれない。 *2

むすび

データパイプライン処理は、Webサービス開発ではよく採用されるデザインパターンである。 単一のタイムスケジューラによる従来手法では、レコード数に対するスケーラビリティ・エラー回復処理・サーバ運用効率・ジョブ実行頻度の細かい粒度での制御に課題があった。 そこで、この記事では、処理とデータとタイマーを一体化したTimeFuzeアーキテクチャを提案し、従来手法の課題の解決を構想した。 さらに、時系列データベースアーキテクチャ、時系列データの異常検知、大規模SSL/TLS証明書管理の各アプリケーションへの適用可能性を示した。

今後の取り組みとして、既存のデータパイプラインの課題をサーベイし整理し、既存データストア実装のTTLディレイ時間の調査、TTLではなくTime to Eventを既存のデータストアへ組み込むことを考えている。

参考文献

発表スライド

発表時のフィードバック

  • TimeFuzeアーキテクチャの適用条件について (matsumotoryさん)
  • 関係性の概念の導入について (monochromeganeさん)
  • モバイルエージェントとの関連について (61503891さん)
  • 適応的なパラメータ決定ポイントについて (matsumotoryさん、syu_creamさん、suma90hさん)

あとがき

提案するアーキテクチャ名がTimeFuze(時限信管)であることにはそれなりの意味があります。 表題を考えていたときに、まつもとりーさんのFastContainerアーキテクチャ構想を眺めていました。 FastContainerってかっこいいしずるいみたいな感じです。 自分もかっこいい名前にするぞ、とあれこれ考えました。 最初はDataCronやData-Driven Cronといった名前を考えていました。 このような名前であれば、この分野の人であればなんとなく想像はつきそうであるものの、多義的な用語になりそうだったため、あまりピンときていませんでした。 このアーキテクチャに対して、なんとなく時限爆弾っぽいイメージとARMORED COREの近接信管のイメージをもっていたため、ググってみると、TimeFuze(時限信管)という用語があることを知りました。 Wikipediaによると信管は、「起爆時期を感知する機能」「所望の時期以外では絶対に起爆させないための安全装置」「安全装置の解除機構」「弾薬の起爆装置」の4つの機能が統合された装置だそうです。 ここで、このアーキテクチャのアイデアって、「データ」「処理」「タイマー」の一体化ではないかということに思いあたりました。 記事中では、しれっとでてくるこの表現ですが、この表現のおかげで、最終的にはデータが意思を持って動いて欲しい(by takumakumeさん)という話まで発展させることができました。

そうすると自分の中でのFastContainerの見方がかわってきました。 FastContainerは現在のところプロセスに着目されていますが、データ処理に着目する発想もあるんじゃないかと考えました。 議論では、さらに関係性の概念やモバイルエージェントの関連など、さらにTimeFuzeを深めるための着想をいただき、ひさびさにおもしろい、楽しいと思う発表でした。

言葉にこだわった結果、抽象化が進み、他の技術や研究と結び付け、新たな着想を得ることができる、というのがここで言いたかったことでした。

あとがきは以上です。wsa研自体の振り返りは別記事として書きます。

*1:発表後の質疑にて、matsumotoryさんに指摘されたところ

*2:発表後の質疑にて、monochromeganeさんに指摘されたところ