宇宙飛行士の採用についての本

「ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験」を読んだ。

この本は、NHKスペシャルで2009年に放送された番組「宇宙飛行士はこうして生まれた ~密着・最終選抜試験~」が書籍化されたものだ。 JAXAによる宇宙飛行士の選抜試験、特に最終試験における10人の候補者それぞれの背景や試験中の様子を通して、宇宙飛行士とは何か、宇宙飛行士に求められるものは何か、また宇宙飛行士を選抜するとはどういうことかについて、ドキュメンタリー形式で描いている。

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)

ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験 (光文社新書)

タイトルに選抜試験とあるので、当然宇宙飛行士の選抜試験が具体的にどのようなものかが書かれている。 しかし、一般の企業での採用や就活生の心構えを指南するといった趣旨が中心の本ではない。 むしろ試験内容そのものについては、宇宙ステーションやシャトルでの生活を模した閉鎖環境でのロボット作りやディベートなど、宇宙飛行士という特殊な職種を前提とした内容なので、これをそのまま参考にはもちろんできない。 この本が実際に伝えたかったのは、「宇宙飛行士とは何か」ということだと思う。

「宇宙飛行士とは何か」という問いに対する明確な回答は多分難しくて本文には明示的に書かれていない。 きっと人によって、答えが変わってくる類の質問だと思う。 本来の宇宙の開発・研究のための現地作業員という役割はもちろんある。しかし一方で、世間に対する広告塔であったり、人類代表のように扱われることから人々の希望になることも求められるという。 実際に、候補者の方々の宇宙飛行士になりたい理由として、「医師である自分が宇宙から元気な姿を見せれば、世界中の病に苦しむ人々に、希望を与えられるはず」や「宇宙飛行士になって、子どもたちに宇宙の不思議や魅力を紹介し、科学することの面白さを伝えたい。」という本来の役割とは異なる一種の偶像的な役割が挙げられていた。 これはスポーツ選手に近い性質ではないかと思った。

宇宙飛行士に限らず、自分の仕事が何なのかをシュッと回答することは意外と難しい。 Webオペレーションエンジニアなんてわけがわからん。 逆に言えば、自分の仕事が何なのかを自分の言葉で表現できるようになったときが一人前になったときと言えるのかもしれない。

気になる試験内容は、宇宙兄弟で描かれていた内容とほぼ同じような感じで、宇宙兄弟を読んだことがある人にとっては目新しさや驚きはあまりないと思う。 逆に、試験内容を漫画向けに誇張したりしなくても十分にエンターテイメントになることのほうがすごいかもしれない。

宇宙兄弟(1) (モーニング KC)

宇宙兄弟(1) (モーニング KC)

ところで、最近、人材の採用について少し興味がでてきた。弟がちょうど就活ということもある。 採用という観点でいくつか気になったことを書いてみる。 さきほど、書かれている試験内容はそのまま参考にはならないと書いた。 しかし、労働環境が過度のストレス環境であることや様々な能力を平均的に高いレベルで要求されるという特殊な前提を省いてみると、特にNASAの面接方法について部分的に参考になることはいくつかあった。

まず、「なぜ今、ここにいるのか」という質問を通して、候補者の人生を知ろうとしていることだ。 なるべくリラックスした状況を作り、候補者のこれまでの人生経験を詳しく聞くことで、その人間が信用に値するのか、一緒に働きたいと思えるような人間かどうかを見極めようとしている。似たような話を読んだことがあるなと思ったら、だいぶ前に tomomii さんがいい記事を書いてた今週のお題:わたしとはてなとの出会い - tomomii日記。 今思えば、自分がはてなに入社するときの jkondo さんとの最終面接はこんな感じだったように思う。

次は、全ての試験が終わった後に行われるパーティで、候補者たちの「本当の姿」をみるという点だ。 面接では必ずしもいい状況で望めなかった候補者がいた可能性を考慮して、誤った判断を防ぐためだという。 少なくとも、自分の会社のエンジニアなら面接のような人に見られる類の緊張感がある状況で、何か仕事をするということはあまりない。ブログのほうが本当のことを書けるという人もいるかもしれない。面接でうまく話せなかったといって、仕事ができないということにはならないと思う。 これは前々からそう思っていたけど、NASAでもそのようなことを考慮しているのは意外だった。

最後に、JAXAとNASAでは試験内容が異なり、NASAではほぼ面接だけで採否が決まるというのも印象に残った。 NASAでは、技術的な専門知識やメカを操作する技量などの技術的バックグランドは、候補者の履歴書と、面接でのやりとりで十分見極められていると考えているらしい。 JAXAの場合、選抜試験で採用した人間は全員、宇宙飛行しなければならず、確実に宇宙に行ける人間を採用しなけらばならないため、採用試験が極めて厳密になる。これは、日本とアメリカの宇宙開発の規模、歴史、方針の違いによるものとのことだ。 本文中には詳しく書かれていなかったが、日本のほうが宇宙開発の歴史が浅いため採用経験も浅いかつ宇宙開発費も潤沢ではないため、厳密に試験する必要があるという意味ではないかと思った。 前提が違えば、試験内容も当然異なるということがよくわかる。

宇宙飛行士になりたいと思ったことは多分一度もないし、宇宙に行きたいという願望も特に無いけど、宇宙がでてくるSFの話は大好きなので、面白く読めた。 元となったテレビ番組の方も観てみたい。