さくらインターネット研究所での1年

さくらインターネット株式会社に昨年の2月に入社してから1年(と2ヶ月)が経過した。さくらインターネット研究所での研究員としての新しい働き方にも慣れてきた。論文や口頭発表などの締切も落ち着いてきたので、ここまでの1年を振り返ってみる。

やりたいことに集中できる

さくらインターネット研究所では、自分を取り戻してやりたいことに集中できる自由な研究環境がある。

さくらインターネット研究所では、テーマは与えられることはなく、自分がおもしろいと思うテーマを設定する。成果物の形態も自由だ。一般に研究というと成果物の形態として、論文を想像するが、論文でなければならないといった要求はない。

そうはいっても、本当にどんなテーマでもよいわけではなく、「さくららしさ」を求められる。この先のみえない時代では、未来において外的環境が大きく変化する可能性がある。したがって、「さくららしさ」は、あえて明確に定義されていない。*1

さくらインターネットは、データセンターやインターネットのインフラ事業を一貫して続けてきたことを踏まえると、コンピューティングのための基盤にまつわる多くの課題が、「さくららしさ」と言ってもよいかもしれない。さらに、これから人々の生活にICTが広く深く浸透していくことになることや、情報科学の学際的性質を踏まえると、「さくららしさ」は、多くの可能性に満ちているはずだ。

要するに自分がやりたいこと以外にやることがほとんどない状況を与えられている。エンジニアの知人にこのことを話すと羨ましいねと言われる。研究者の知人にこのことを話すと羨ましいと言われるか、それはそれで難しくないか?と言われる。難しくないか?、というのは、新規性がありかつ有用性のある問題設定を、自分でイチから考えるのは難しくないかという意味だ。

やりたいことを見つけて、なんらかの成果がでるまでやり続けるというのは、意外と難しい。僕が新卒でさくらインターネット研究所に入ったとしても、何をやったらいいかわからなくなるだろう。とりあえず取り組むことを決めても、それでいいのか、他のものでもいいんじゃないかとか、これは自分よりも得意な人がいるからもっとも別のことを、などと、考え込んでしまう。それが本当にやりたいことなのかを確信できない状態となる。

参考までに、所長の@ken_washikitaさんのブログ記事を紹介しておく。

あとは、僕の場合は、成果物の形の一つに学術論文やテックカンファレンスでの発表があり、それらには締め切りがある。昨年1年は、論文誌論文1本、国際会議論文1本、国内査読付き論文1本、査読なし2本、テックカンファレンス2件、4時間講義1件、その他発表7件の締め切りがあった(論文は、論文誌以外は発表もあり)。締め切りがなければ、無職とあまりかわらないかもしれない。

広範なインフラ技術

もともとWebサービス企業でSREをやっていたため、クラウド上で構築されたWebシステムという枠の外にあるコンピューティングやネットワークについて具体的に考える機会がなかった。

しかし、さくらインターネットは、Webサービスはもちろん、コンピューティング全般を対象とするデータセンター基盤をもっている。その結果、今では、クラウドの下側や、エッジコンピューティング、量子コンピューティングなど(後者2つについては@kikuzokikuzoさんが探索されている)に触れる機会が増えた。研究所以外では、FPGAモバイル回線の基盤PaaS開発などの話題が登場する。

さらに、研究所の同僚の@kumagalliumさんは、材料工学の博士でもあるため、物理・化学や、材料設計に情報科学のデータ解析手法を活用するマテリアライズインフォマティクスの話題も登場する。その流れで、機械学習やオープンサイエンスといった話題も頻繁に登場する。@tsurubeeさんも材料工学の出身かつ機械学習もやられているので、これらの分野の話題に事欠かない。

このように話題も幅がずいぶん広くなった一方で、SREやインフラの狭い範囲を深堀りして話す機会は、社内では前職と比べてずいぶん減った。もともとやっていた分野は、外部の技術系コミュニティでつながりがあるので、コミュニティを活用してカバーしようとしている。

今のところ、この広範なインフラ技術を直接の研究対象とはしていない。将来的には、Webサービス以外のシステムを対象としたSREをやっていきたい。これまで@kikuzokikuzoさんが提唱されているような世界観と、2日前に書籍『Learn or Die 死ぬ気で学べ プリファードネットワークスの挑戦』 を読んだ影響もあって、端末として大量のパーソナルロボットやセンサがいて、ロボットの制御のための分散システムをエッジやクラウドを利用して構築するようなインフラに興味がでてきた。

自身の研究テーマ

研究所のビジョンである「超個体型データセンター」を踏まえて、データセンターが集中と分散のハイブリッド構造をとるときに、どのようなSRE技術や分散アプリケーションの構成技術が必要だろうか、という観点で研究を進めている。

詳細は SRE NEXT 2020 IN TOKYOにて話をした。SRE NEXT基調講演を終えて - ゆううきブログ

以下は、入社当初の研究やっていきの表明。

実績や月単位での活動などの詳細は、年始の振り返りに書いている。

2019年振り返り - エンジニアから研究者へ - ゆううきブログ

日々の活動

研究者としての日々の活動は、その他の職種からは想像しにくいかもしれない。

さくらインターネット研究所では、各メンバーが必須で共通のスケジュールをもつことは少なく、日々何をやるかは個人の裁量に任されている。Web企業でシステムの開発や運用をやっていたときは、チームで立てた計画に基づいたタスクと、日々発生する割り込みタスクをこなしていくというのが基本だったので、ずいぶん異なる仕事の進め方になっている。

まずは、僕個人の話を書く。

論文やテックカンファレンスなどの登壇の締め切りに合わせて、研究を進めるのを基本の仕事としている。情報系の国内の学術研究では、次のように、研究の完成度に応じて、発表の場が用意されている。

  1. 査読なし国内研究報告
  2. 査読つき国内研究報告(研究会によっては存在しないこともある)
  3. 国際会議(査読ありなし含む)
  4. 国内外の論文誌(ジャーナルとも呼ばれる)

すべてのステップを強制されるわけではなく、いきなり国際会議や論文誌に投稿してもよいが、発表を重ねてフィードバックをもらいながら、研究を育てていくほうが、最終的に良い研究になると思う。

年のはじめに、今年はこれとこれに投稿しようと決めて、いつまでに何をやるかを逆算する。アカデミアの国内研究会や国際会議は、毎年締め切りの時期が例年と同じになることが多いので、計画は立てやすい。

勤務場所については、最寄りのオフィスは大阪のグランフロントにあるのだけど、京都市に住んでいて遠いので、オフィスにはあまり行かずに、在宅勤務している日が多い。オフィスに行く頻度は2週間に1回程度。

次に、研究所全体の話を書く。

さくらインターネットのオフィス拠点は大阪、東京、福岡の3つあり、研究所メンバーは各拠点に分散している。研究所の拠点とかエリアはなく、強いて言えばインターネットが拠点となっている。

非同期コミュニケーションは、SlackとGitHub Enterpriseが中心だ。Slackには #research-center というチャンネルが日々そこで会話している。しょっちゅう会話しているということもなく、全く発言が流れない日もあったりする。共同研究先ともなんらかのSlackチャンネルでつながっている。GitHub Enterpriseには、イベント登壇・参加を中心として共有をするためのリポジトリ(issueだけ使っている)と、論文のLaTexコードを置いてレビューするためのリポジトリがある。共著者が外部の方の場合は、GitHubにプライベートリポジトリを作って、そこに招待していることもある。

同期コミュニケーションは、zoomを使った、週1回の定例会と、毎日の雑談会がある。定例会では、研究に進捗があればその内容を議論したり、学会などのイベントに参加したときの感想を共有したりする。アジェンダも司会もあえて置いてなくて、雰囲気で誰かが主導したり、話題を提供したりしている。議論と情報共有が主体で、チームで決めなければいけない事項がほとんどないため、これでうまくいっているのだと思う。

むすび

おかげさまで余白のある充実した毎日を過ごせている。

もちろんすべてが良いことばかりではなく、会社全体でみればこれまで経験したことがなかった様々な問題があると聞いている。研究所が事業部から独立していることもあり、幸いにして、それらの問題は、僕自身に短期的に影響がないものばかりではある。しかし、知らぬ存ぜぬを突き通すのではなく、前職のはてなでの経験や昨年1年の間のSREに関するアウトプットをもとに、社内でのDevOpsやSREの実践について、たまにアドバイスを行ったりしている。

最後に、今後の話をして締めくくる。

昨年は、調子に乗って、締め切りをたくさんいれてしまって、締め切りをつけづらいソフトウェア開発と、論文や書籍からのインプットが思うようには進まなかった。今年は締め切りとそれに必要な日数を見積もって、それ以外にやりたいこともうまく進められるようにしたい。すでに、ソフトウェア開発については、昔やっていた毎日最低1コミット進めるという習慣を復活させて取り組んでいる。

そして、昨日、社会人博士として、京都大学大学院情報学研究科の博士課程へ入学した。博士課程入学の経緯やプロセスは、別途ブログ記事にまとめたいと思う。そういうわけで、あと数年は、博士号を取得することを当面の目標としている。それが終わるぐらいに、クラウド上のWebシステム以外のシステムを相手にSREを実践するための研究をする準備ができていればよいかなあとなんとなく考えている。

あわせて読みたい。

さくらインターネットに入社して1年が経ちました - 人間とウェブの未来

*1:詳細は、所長の@ken_washikitaさんの資料を参照してほしい。さくらインターネット研究所のミッションとビジョン