サーバレス時代におけるヘテロジニアス時系列データベースアーキテクチャ

この記事は、第2回ウェブシステムアーキテクチャ研究会の予稿です。

ウェブシステムをモニタリングするために、高可用性、高書き込みスケーラビリティ、メトリックの長期保存が可能な時系列データベースが求められている。 これらを実現するために、性能特性の異なる汎用Key-Value Store(以下KVS)を組み合わせ、透過的に問い合わせ可能な、ヘテロジニアス時系列データベースであるDiamondを開発した。 この記事では、Diamondを分散システムの観点で捉え、アーキテクチャ、データ構造、実装を紹介し、考察によりFuture Workを議論する。

1. はじめに

クラウドコンピューティング、コンテナ型仮想化、マイクロサービスなどの普及により、ウェブシステムの複雑度が向上した結果、人間が複雑な構造を観測するために、よりよいモニタリングが必要とされている1。 モニタリング技術のうち、時系列データモニタリングがあり、時系列データの可視化と時系列データによるアラーティングが一般的である。 時系列データモニタリングのために、多数のサーバから複数のメトリックを定期的に時系列データとして収集する必要があり、ストレージとして時系列データに特化した時系列データベースが利用される2。 時系列データベースには、様々な要求があるが、ここでは、メトリックの長期保持、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性が要求されるユースケースに着目する。メトリックの長期保持については、異常検知でのユースケースなどがあり3、高書き込みスケーラビリティについては時系列データベース一般に求められ、高信頼性についてはService as a Service(SaaS)型のモニタリングサービスにおいて強く求められる。

時系列データベースには、大きく分類すると専用DBMS方式と汎用DBMS方式、RDBMS拡張の3種類がある4。RDBMS拡張については、ここでは汎用DBMS方式に含むこととする。 専用DBMS方式は、時系列データベースに最適化されたデータベースエンジンを実装しており、汎用DBMS方式は汎用DBMS上に時系列データベースとして動作させるためのアプリケーションを実装している。 専用DBMS方式は、性能とデータ保存効率がよいが、分散システムとしての信頼性の観点では、汎用DBMS方式と比較して、成熟度が劣る傾向にあると考える。 例えば、Graphite5、Gorilla6、BTrDB7などがある。 一方、汎用DBMS方式は、汎用であるがゆえに専用DBMS方式と比較して性能は劣りやすいが、分散システムとしての信頼性が高い。 例えば、OpenTSDB、KairosDBなどがある。

このように、長期保存、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性を満たす時系列DBはある一方で、特殊なストレージエンジンのため運用コストが高い、または、長期保存かつ高書き込みスループットであってもリソース使用量が高いといういずれかの課題がある。 リソース使用量の高さは最終的に費用の高さに結びつく。

そこで、低運用コスト、低費用で、メトリックの長期保存、高書き込みスケーラビリティ、高信頼性を実現するために、複数の異なる汎用DBMSを組み合わせ、透過的な問い合わせが可能なヘテロジニアス型時系列データべースとしてDiamondを開発した8。 具体的には、インメモリ分散KVS、オンSSD分散KVS、オンHDD分散KVSを組み合わせ、書き込みスループットとストレージのGB単価を最適化し、クラッシュリカバリのためのWrite-Ahead Log(WAL)9として分散メッセージブローカーを利用した。 プロビジョニングと故障からの復旧の容易さを低減するために、マネージドサービスを用いたサーバレスアーキテクチャ10を採用した。

2. アーキテクチャ

アーキテクチャ概要

アーキテクチャとしての達成要件は以下の5つである。

  • (a) 書き込みI/Oが増加したときに各コンポーネントがスケールアウト可能
  • (b) 高可用性: 特定のノードが故障しても処理を継続可能
  • (c) 書き込みI/Oとデータ保持の観点で、コンピューティングリソース費用効率が高いこと
  • (d) リソースのプロビジョニングおよび故障時の復旧の容易さ
  • (e) 検証および開発の容易さ

(a), (b)については、汎用DBMS方式を選択し、Dynamo-styleと呼ばれるようないわゆる分散データベース[2]を利用することにより達成できる。 Dynamo-styleのデータベースは、CassandraやDynamoDBのようにKVSの形をとることが多いため、以下ではKVSの利用を前提とする。 (c)については、書き込みI/OだけみればインメモリKVSが有利だが、データ保持の観点でみるとHDDベースのKVSが有利である。 そこで、複数のKVSを組み合わせたヘテロジニアス構成により、インメモリKVS書き込みI/Oを受け付け、参照頻度の低い古いタイムスタンプをもつデータポイントを低速なディスクに配置する。 さらに、インメモリKVSの耐久性を補うため、Apache Kafkaのような分散メッセージブローカーをWALとして利用し、クラッシュリカバリできるようにする。 しかし、複数のOSSのDBMS実装を用いつつ、(d),(e)を達成することは、困難であると考え、そこで、クラウド事業者が提供するマネージドサービスを用いたサーバレスアーキテクチャを採用する。

一方で、専用DBMS方式を選ばない理由として、次のの2点がある。 (a),(b),(c)を満たす専用DBMS方式を新規開発することは難易度が高いことと、汎用DBMS方式のほうが分散システムとして成熟した実装である傾向があるためだ。

ヘテロジニアス環境においては、一時的な故障の発生により、各KVS間のデータ整合性と耐久性を失いやすくなる。 そこで、故障時にリトライ可能にするために、べき等性をもつデータ構造が重要となる。 さらに、複数の異なる特性をもつKVS実装を利用するため、特殊な機能に依存しないシンプルな機能要件のみで、データ構造を実装できることが重要だ。 一方、伝統的なデータベースが備えるACID特性を満たすことは、サーバモニタリング向け時系列データベースのコアな要求ではない。

以下では、アーキテクチャの動作フロー、データ構造およびKVSの機能要件を説明する。

動作フロー

Diamondアーキテクチャの動作フローを以下に示す。

     write path
         |
         v
+----------------------+
| 分散メッセージブローカー |
+----------------------+
         |
         v
+-----------------+
|  writer node    |
+-----------------+
         |
         v
+-----------------+
| インメモリ分散KVS | -------------\
+-----------------+               \
         |  flush                  \
         v                          v
+-----------------+              +-------------+
| オンSS分散KVS  | -----------> | reader node | ---> read path
+-----------------+              +-------------+
         |  export                  ^
         v                         /
+-----------------+               /
| オンHDD分散KVS  | ------------/
+-----------------+

まず、書き込み経路を説明する。

  1. クライアントが分散メッセージブローカーに非同期書き込み
  2. 分散メッセージブローカーからのメッセージを購読しているwriter nodeがインメモリ分散KVSに書き込み
    1. において、メトリックごとのデータポイント数が所定の個数を超えていれば、SSDベース分散KVSに書き込み
  3. 書き込み経路とは異なるバックグラウンド処理により、一定期間より前のタイムスタンプをもつデータポイントをSSDベース分散KVSからHDDベース分散KVSへデータを移動させる

分散メッセージブローカーは、インメモリKVSのクラッシュリカバリのために利用する。 分散メッセージブローカーに残留するログを再適用することにより、インメモリKVS上のロストしたデータを復元できる。

次に、読み込み経路を説明する。

  1. クライアントがメトリック名とタイムスタンプのレンジをクエリとして、reader-nodeに問い合わせる
  2. reader nodeは、クエリに含まれるタイムスタンプのレンジに応じて、データが配置されているKVSコンポーネントからデータポイントを取得する
  3. reader nodeは、データポイントを取得したのちに、任意の集約操作を適用し、クライアントへデータポイント列を返却する

Diamondアーキテクチャでは、複数のKVS間のデータの整合性を保つために、各KVSへの書き込み処理がべき等であることが重要となる。 書き込み処理がべき等であれば、既に書き込んだデータを再度書き込んだとしても、データの一貫性が担保される。 したがって、クラッシュリカバリの発生またはいずれかのKVSの故障が発生したとしても、リトライによりデータの耐久性を確保できる。

書き込み処理をべき等にするためのデータ構造を以下に説明する。

データ構造

Diamondは、Graphiteプロジェクトの時系列データベースであるWhisper[^14]データ構造に近いモデルを採用している。 Diamondでは、Whisperデータ構造の特徴のうち、以下の2点に着目している。

  • 書き込み処理がべき等であること
  • クライアントの入力にかかわらずメトリック系列に含まれるデータポイント数の最大値を制御できること

まず、KVSに時系列データを格納するための最もシンプルなデータ構造を、以下の図に示す。

+------+        +-----------------------------------------+
| name |  --->  | {timestamp:value, timestamp:value, ...} |
+------+        +-----------------------------------------+

図中のnameはメトリック名を表す文字列、timestampはデータポイントのUNIX時間を表すint64型の数値、valueはデータポイントの値を表すfloat64型の数値である。 このデータ構造では、メトリック名(name)をキー、ハッシュマップをバリューとし、ハッシュマップのキーをタイムスタンプ(timestamp), ハッシュマップのバリューを値(value)とする。 グラフ表示などの読み込みワークロードを考慮すると、ある系列に含まれるデータポイント列をまとめて効率よく読み出す必要があるため、データポイント列を同じレコード内にまとめて格納する。 データポイント列を表すデータ構造が、リストではなくハッシュマップである理由は、同じタイムスタンプをもつデータポイントの上書きを許し、べき等性を確保するためだ。 タイムスタンプのレンジがクエリに含まれる場合は、バリューをすべて取得し、reader nodeがレンジ外のタイムスタンプをもつデータポイントを間引く必要がある。

このデータ構造は、データポイントが追記されるたびに、レコードサイズが増大していく。 KVSはレコードサイズに制限をもつことがあり、その場合制限を超えない程度のレコードサイズを維持しなければならない。 DynamoDB11は400KB、Cloud Bigtable12は256MBのハードリミットをそれぞれ持つ。 この問題を解決するために、メトリック系列を固定幅のタイムウィンドウに分割するデータ構造を以下の図に示す。

+------------------+        +-----------------------------------------+
| name, wtimestamp |  --->  | {timestamp:value, timestamp:value, ...} |
+------------------+        +-----------------------------------------+

wtimestampは、タイムウィンドウの開始時刻を表すUNIX時間であり、ウィンドウサイズは固定長とする。 例えば、ウィンドウサイズが3000秒とすると、wtimestampの値は1482700020, 1482703020, 1482706020...のように3000ずつ加算される。

しかし、ウィンドウ内のデータポイント数の最大値が不定であるため、レコードサイズのハードリミットを超える可能性がある。 時系列データベースとしてサポートするメトリックの解像度をステップと呼ぶことにすると、クライアントがステップより小さなインターバルでメトリックを書き込む場合、ウィンドウ内のデータポイント数は想定よりも大きな値となる。 そこで、データポイント数の最大値を固定するために、ステップの倍数にアラインメントする。 例えば、解像度を60秒とするならば、元のtimestampが1482700025であれば、60で割った剰余を差し引いた値である1482700020に変更したのちに、KVSに書き込む。 ステップよりも小さいインターバルで書き込まれると、アラインメントにより既に書き込まれたtimestampの領域を上書きすることになり、ウィンドウ内のデータポイント数は一定の個数以下となることが保証される。

以上により、Diamondデータ構造がべき等性をもちつつ、KVSの制限内で書き込み処理可能であることを示した。 次に、Diamondデータ構造を実現するためのKVSの機能要件を説明する。

KVSの機能要件

Whisperデータ構造をKVS上で実装するには、各KVSへ求める最低限の機能要件として以下を満たす必要がある。

  • キーを入力とし、キーに対応するバリューを出力できる
  • バリューのデータ型としてバイナリが実装されている

KVSとしてごく標準的な機能を満たせば実装可能であることが要点である。

ただし、書き込み処理効率の観点では、バリューのデータ構造としてハッシュマップが実装されていることが望ましい。 データポイントをレコードに追記する際に、レコード内に存在する既存のデータポイントをKVSの外へ読み出したのちに、新らたに書き込むデータポイントを結合し、レコードを更新する必要がある。 KVSがハッシュマップを実装していれば、KVS内で効率よくデータポイントを追記できる。

さらに、ACIDのうち隔離性の観点では、read-modify-write操作をatomicに実行できることが望ましい。 複数のクライアントが同じレコードを書き込もうとしたときに、クライアントAが既存のレコードを読み取ったあとに、クライアントBがレコードに書き込んだとき、クライアントBの書き込みが失われることがありえる。

3. 実装

実装概要

分散メッセージブローカーとしてAmazon Kinesis Streams13、インメモリ分散KVSとしてRedis14、SSDベース分散KVSとしてAmazon DynamoDB、HDDベース分散KVSとしてAmazon S315を採用した。 writer nodeとして、AWS Lambda16、DynamoDBからS3へのデータ移動についてはDynamoDB TTLとDynamoDB Triggerを利用し、TTLの期限切れイベントを契機にLambda functionを起動し、S3へ期限切れしたレコードを書き込む。

実装の構成図を以下に示す。

              +---------------------------------------------------------------+
              |                                                               |
write path -->|--> Kinesis Streams --> Lambda (writer) ------------------+    |
              |                                                          |    |
              |                                   |<- Redis Cluster <----+    |
read path  <--|<-- ALB <-- reader(golang) <-------|                      |    |
              |                                   |<- DynamoDB <---------+    |
              |                                   |      v                    |
              |                                   |   Lambda (exporter)       |
              |                                   |      v                    |
              |                                   +<---- S3                   |
              |                                                               |
              +---------------------------------------------------------------+

実装の詳細については、AWS Summit Tokyo 2017のプレゼンテーション17,18,19にて紹介している。

KVS間のデータ移動

まず、RedisからDynamoDBへの移動の実装を説明する。 バックグラウンドプロセスによるバッチ処理ではなく、writerがRedisへのデータポイント書き込み時に条件を満たした場合のみメトリック系列単位でDynamoDBに移動させる。 条件は、Redis上の該当メトリック系列に含まれるデータポイント数がN個以上である。 条件を満たすかをチェックしたのちに、Redisのレコードを読み出し、DynamoDBへ書き込み、最後にRedisの該当レコードを削除する。 データポイントが書き込まれなくなったメトリック系列は、DynamoDBに移動されず、Redis上にデータポイントが残り続けるため 定期的なバッチ処理により、DynamoDBに移動させる。 もし、一連の処理の流れの中で、一時的なエラーが発生した場合はLambda function実行のリトライにより、耐久性とRedisとDynamoDB間のデータ整合性が担保される。

次に、DynamoDBからS3への移動の実装を説明する。 TimeFuzeアーキテクチャ20により、TTLイベントを契機にDynamoDB Triggerを経由して、Lambda Functionを起動し、DynamoDBの期限切れレコードをS3に書き込む。 S3に書き込む際に、FacebookのGorillaにて実装されているdouble-delta-encodingとXOR encodingにより差分符号化した結果を書き込み、データポイントあたりのバイト数を削減している。 S3への書き込み時に一時的なエラーが発生しても、Lambda function実行のリトライにより、データの耐久性と整合性が保証される。

データ位置の解決

reader nodeは、受信したメトリック名とタイムスタンプレンジから、各KVSのうち必要なデータが存在するKVSからデータを取得する。 データが存在するKVSは、メトリックごとに記録せずに、静的に解決している。 タイムスタンプレンジの開始時刻をst、終端時刻をet、現在時刻をnow、Redisにデータが残留する最大経過秒数をn、DynamoDBにデータが残留する最大経過秒数をm、S3にデータが移動するまでの最短経過秒数をkとすると、Redisからのデータ取得条件は et > (now - n)、DynanoDBからのデータ取得条件は et > (now - m)、S3からのデータ取得条件は (now - k) > stとなる。 ただし、n < m とする。 n, m, kの値はヒューリスティックに決定される。

同じメトリック系列かつ同じタイムスタンプをもつデータポイントを異なるKVSからそれぞれ取得した場合、Redis、DynamoDB、S3の順に採用する。

費用特性

本実装において、書き込みスループットとデータ保持の観点で、3種類のKVSによる費用最適化が可能であることを確認する。

まず、サンプルとして、100,000データポイント/sの書き込みスループットにおける費用比較を以下の表に示す。 2018/05/05時点のap-northeast-1リージョンのオンデマンド費用を元にしている。

KVS I/O費用(USD/月)
Redis 1405.44
DynamoDB 54300.83
S3 1258848.00

RedisはEC2インスタンスのr4.large(0.176USD/時間)を使用し、各パーティションあたりのレプリカ数を2、つまり3ノード/パーティションとする。 1ノードあたりの書き込み上限を25,000reqs/secとする(要出典)。 したがって、r4.largeインスタンスが12台必要となる。 EC2インスタンス上のRedisは、書き込み元のwriterと異なるアベイラビリティゾーンに配置されている場合、別途GBあたりのゾーン間転送料金が発生する。 DynamoDBの料金構造21からアイテムサイズに比例してI/Oコストが大きくなる。今回は、最低単位の1KBで計算する。 S3は、標準ストレージを利用するもとすると、S3のPUT料金は1000リクエストあたり0.0047USDである。 S3はKVSではあるが、ファイルを格納するためのオブジェクトストレージであるため、高スループットかつ小さな書き込みには向いておらず、今回のワークロードでは上表のように高額な料金となる。

次に、データ保持費用における費用比較を以下の表に示す。

KVS データ保持費用(USD/GB/月)
Redis 21.96
DynamoDB 0.25
S3 0.025

r4.largeのRAMのサイズは16GBであり、GB単価は7.32USD/月、レプリカ数を2とすると上表の値となる。 S3は標準ストレージを利用するものとする。

以上より、I/O費用とデータ保持費用はトレードオフの関係にあり、高スループット書き込みをインメモリKVSで受け付け、蓄積したメトリックを低速なディスク指向KVSへ移動させる手法の有効性を確認できた。

4. 考察と今後の課題

Diamondの欠点

Diamondは、アーキテクチャレベルで以下の欠点をもつ。

  • (1) 最適化された専用DBMS方式と比べ、処理効率の観点で無駄が多い
  • (2) 各KVSにて実装されているデータ構造が異なるため、ある特定のKVSに実装されている特殊なデータ構造を使いづらい
  • (3) 構成が一見複雑にみえる

(1) については、アーキテクチャの章の概要で述べたように、他の要件の達成により欠点を補えると考えている。 (2) については、シンプルなKVSで表現できる時系列データ構造やインデックス構造の限界がどこにあるかを調査する必要がある。 (3) については、分散トレーシングなどの分散システムをモニタリングする技術の発達により、補えると考えている。

実装レベルでは、以下の欠点がある。

  • (1) S3に移動済みの古いタイムスタンプをもつデータポイントを書き込みしづらい
  • (2) データ位置の解決がヒューリスティックであり、データを正しいKVSから取得できることを完全には保証できない

(1)については、通常の書き込み経路とは異なる、過去の時系列データをまとめたファイルをバッチでアップロードする書き込み経路を実装することで解決できる。 (2)については、静的解決ではなくフォールバック方式またはインデックス方式による動的解決を考えている。

フォールバック方式とは、インメモリKVS、SSDベースKVS、HDDベースKVSの順にメトリック系列を参照することである。 タイムスタンプレンジの開始時刻のデータポイントが存在すれば、その時点でフォールバックを停止し、応答を返却する。 存在しなければ、引き続きフォールバックする。 欠点として、静的解決と比較して、低速なKVSに応答速度を律速されやすい可能性がある。

インデックス方式は、メトリック名とタイムスタンプレンジを入力として、該当するKVSを返却するインデックスにより動的解決することである。 インデックスはインメモリKVS上に保持しておき、データ移動が発生するたびに、インデックスを更新する。 欠点として、インデックス分のメモリ使用とI/Oが増加することがある。

将来機能

Diamondの時系列データモデルとして、現在のWhisperモデルに加えて、Prometheus22が提供するようなラベルによる多次元データモデルをサポートを考える。

前者の多次元データモデルの例を以下に示す。

requests_total{path="/status", method="GET", instance=”10.0.0.1:80”}
requests_total{path="/status", method="POST", instance=”10.0.0.3:80”}
requests_total{path="/", method="GET", instance=”10.0.0.2:80”}

メトリック名であるrequests_totalと、ラベルと呼ばれるキーバリューペアの組み合わせにより、メトリック系列を表現する。 Prometheusでは、V2ストレージではLevelDBによりラベルに対するインデックスを作成しており、V3ストレージでは転置インデックスに置き換えている23。 Prometheusのストレージはファイルシステム上に実装されている一方で、DiamondではKVS上に実装する必要がある。

そこで、V3ストレージエンジン同様に、次のように転置インデックスをKVS上に実装することを考えている。

  1. メトリック系列にユニークなIDを割り当て、データポイントを書き込む
  2. データポイントに紐づくラベルのキーペアをキー、ラベルに紐づくメトリックIDをバリューとして、別途用意したインデックス用KVSに書き込む。
  3. 参照時には、ラベルを入力として、メトリックIDを転置インデックスから取得し、メトリックIDをキーとして各KVSからデータポイント列を取得する。

5. まとめ

本稿では、時系列データに対する高い書き込みスケールアウト性、高可用性、費用効率、低い運用性、開発容易性を実現する時系列データベースアーキテクチャを提案し、実装を示した。 アーキテクチャの要点は、複数のKVSを組み合わせたヘテロジニアス構成、メッセージブローカーによるWALリプレイ、サーバレスアーキテクチャおよびべき等性とデータ幅を制御可能なデータ構造である。 考察では、アーキテクチャと実装のそれぞれの欠点と解決策、さらに多次元データ構造のサポートのアイデアを議論した。

今後の課題としては、以下の2点について、実験・調査したいと考えている。 まず、アーキテクチャ要件の(a)、(b)、(c)の有効性を示すために、先行実装であるGraphiteと比較実験する。 次に、アーキテクチャ要件の(d)、(e)の有効性を示すための文献を調査する。例えば、ソフトウェア開発論文のサーベイにより開発容易性やOSS実装の複雑性を示すヒントを発見する。

スライド

あとがき

@hirolovesbeerさんからの「ヘテロジニアス(heterogeneous)に込めた意味はなにか?」という質問に対してうまく答えられなかったが、この問いの答えがもともとあとがきで書こうと思っていたことだということに気づいたので、ここに記しておく。

ヘテロジニアスの対義語として、ホモジニアス(homogeneous)があり、ホモジニアスな時系列データベースとはここではDBMSの実装を一つだけ使ったものを指す。 それに対して、ここでのヘテロジニアスとは、異種混合データベースの上にデータベースエンジンを実装することを指しており、ヘテロジニアスであることがDiamondアーキテクチャのアイデアの要点となる。

Martin Kleppmann著、「Designing Data-Intensive Applications」24の12章 The Future Of Data Systemsにて、データシステムを構築する上で、すべての異なる状況に適した1つのソフトウェアは存在せず、異なるソフトウェアを組み合わせアプリケーションを開発していく必要があるという趣旨の意見が書かれている。 Diamondアーキテクチャは、この考え方の延長線上にあり、インデックス、WAL、メモリ上のデータ構造、ディスク上のデータ構造など、古典的なデータベースエンジンの構成要素を、ヘテロジニアス環境で再構築したものになる。 そして、サーバレスアーキテクチャにより、分散システム上での複数箇所にまたがるデータの更新、移動を、信頼性のあるビルディングブロックの上に構築しやすくなった。

実際に、ヘテロジニアスKVS環境でGraphiteを実装したもになるため、今度はヘテロジニアスKVS環境でPrometheusを実装することを考えるといろいろとアイデアがでてくる。

実はこれと似た話が身近にあり、例えば id:matsumoto_r さんの言葉を引用する。

今後はVMやコンテナの連携が今でいうOSとなる世界が来ると思っているので、古典的なOSの機能をいかにネットワークに通じたそれに置き換えていくかに挑戦 cgroupとLinux Capabilityの活用 - https://speakerdeck.com/matsumoto_r/rcon-and-capcon-internals-number-lxcjp

この言葉を、分散システム上でOSの構成要素を再構築していくということだと理解しており、これをデータベースに置き換えたような話をやろうとしている気がしてきている。

参考文献


  1. ウェブシステムの運用自律化に向けた構想 - 第3回ウェブサイエンス研究会 - ゆううきブログ

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  3. Florian Lautenschlager, et.al., “Chronix: Long Term Storage and Retrieval Technology for Anomaly Detection in Operational Data”, In Proceedings of 14th USENIX Conference on File and Storage Technologies (FAST), 2016.

  4. Jensen, Søren Kejser, et al. “Time Series Management Systems: A Survey.” IEEE Transactions on Knowledge and Data Engineering, vol.29, no.11, 2017, pp. 2581-2600.

  5. “Whisper”, https://github.com/graphite-project/whisper

  6. Pelkonen, Tuomas and Franklin, Scott and Teller, Justin and Cavallaro, Paul and Huang, Qi and Meza, Justin and Veeraraghavan, Kaushik, “Gorilla: a fast, scalable, in-memory time series database”, In Proceedings of the VLDB Endowment, 2015

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  10. Sarah Allen, et al. “CNCF Serverless Whitepaper v1.0”, https://github.com/cncf/wg-serverless

  11. Amazon Web Services, Inc., “Amazon DynamoDB”, https://aws.amazon.com/dynamodb/, 2018

  12. Google, “CLOUD BIGTABLE - A high performance NoSQL database service for large analytical and operational workloads”, https://cloud.google.com/bigtable/, 2018

  13. Amazon Web Services, Inc., “Amazon Kinesis Data Streams”, https://aws.amazon.com/kinesis/data-streams/, 2018

  14. “Redis”, https://redis.io/

  15. Amazon Web Services, Inc., “Amazon S3”, https://aws.amazon.com/s3/, 2018

  16. Amazon Web Services, Inc., “AWS Lambda”, https://aws.amazon.com/lambda/, 2018

  17. 時系列データベースという概念をクラウドの技で再構築する - ゆううきブログ

  18. サーバレスアーキテクチャによる時系列データベースの構築と監視 / Serverlessconf Tokyo 2017 // Speaker Deck

  19. AWS で実現した Mackerel 時系列データ1分粒度長期保存の裏側 / Mackerel Meetup #11 Tokyo // Speaker Deck

  20. TimeFuzeアーキテクチャ構想 - 処理とデータとタイマーを一体化したデータパイプライン - ゆううきブログ

  21. DynamoDBのインフラコスト構造と削減策 - ゆううきブログ

  22. Prometheus Authors, “Prometheus”, https://prometheus.io/, 2018

  23. Fabian Reinartz, “Writing a Time Series Database from Scratch”, https://fabxc.org/, April 20 2017.

  24. Martin Kleppmann, “Designing Data-Intensive Applications: The Big Ideas Behind Reliable, Scalable, and Maintainable Systems”, O'Reilly Media, March 2017

DynamoDBのインフラコスト構造と削減策

Amazon DynamoDBは、RDSのようなインスタンスサイズによる課金モデルではなく、ストレージのデータ使用量とスループットを基にした課金モデルになっている。 インスタンスサイズによる課金モデルでないデータストア系サービスとして、他にはS3、Kinesisなどがある。 これらは、AWSの中でも、フルマネージドサービスと呼ばれる位置づけとなるサービスだ。 フルマネージドサービスは、ElastiCacheのようなそうでないものと比較し、AWSに最適化されていて、サービスとしてよくできていると感じている。

Mackerelの時系列データベースのスタックの一つとして、DynamoDBを採用している。 時系列データベースの開発は、コストとの戦いだったために、それなりにコスト知見が蓄積してきた。(時系列データベースという概念をクラウドの技で再構築する - ゆううきブログ)

(※ 以下は、2018年4月16日時点での情報を基にしている。)

DynamoDBのコスト構造

冒頭に書いたように、「ストレージのデータ使用量」と「スループット」を基にするため、インスタンスサイズモデルと比較して、よりアプリケーションロジックがダイレクトに反映されるコスト構造になっている。

正確なコスト定義は、公式ドキュメントを参照してほしいが、これを初見で理解するのはなかなか難しい。データ使用量のコストモデルはGB単価なため把握しやすい。しかし、スループットに関するキャパシティユニットの概念が難しい。 以下では、各要素について、メンタルモデルを説明する。 AWS Calculatorに適当な値をいれてみながらコストを見てみるとだいたいの感覚をつかめると思う。

ストレージのデータ使用量

ストレージのGB単価は、$0.25/GB/月であり、S3のStandardストレージクラスと比較して、およそ10倍程度となる。 こう聞くと割高に聞こえるが、画像やブログのテキストデータなどを格納しなければ*1、それほど高いというわけではない。 実際、1TBのデータ使用に対して、$300/月程度のコストとなる。

DynamoDBはSSD上に構築されている*2ようなので、安定して低レイテンシという性能特性があるため、大容量データをひたすら保持するというよりは、エンドユーザに同期的に応答するようなユースケースに向いている。

スループット

スループットによるコストには、「秒間のread数」と「秒間write数」と「対象のアイテムサイズ」が要素として含まれる。 S3のように月のAPIコール数の合計により課金されるわけではなく、予めどの程度のスループットとなるかを予測し、事前にキャパシティとして確保しておく必要がある。 したがって、見込んでいる最大のスループットにあわせてキャパシティ設定することになり、正味のリソース消費量よりも余分にコストがかかることに注意する。 ただし、後述するAuto Scalingにより、余分なコストを抑えられる可能性がある。

スループットによるコストは、大雑把には以下の特性をもつ。

  • 「秒間read数」または「秒間write数」に比例してコストが大きくなる
  • アイテムサイズを1KBに固定したときの「秒間write数」の単価は「秒間read数」の約5~6倍程度となる。読み取り整合性を結果整合性のある読み込みにすると、「秒間read数」のコストは1/2となる
  • readまたはwriteしたアイテムのサイズに比例してコストが大きくなる
  • 「アイテムサイズ」のコスト単位はreadとwriteで異なる。readは4KB単位で比例し、writeは1KB単位で比例する。
  • グローバルセカンダリインデックスおよびローカルセカンダリインデックスを利用する場合、writeする度に、内部的にインデックスの更新作業が走るため、writeコストが大きくなる。*3

2番目、4番目、5番目の特性がwriteスループットの大きいユースケースでDynamoDB利用が割高と言われる所以である。 同条件でのread(strong consitency)とwriteの差は、アイテムサイズが最小単位の場合では5~6倍程度となる。 さらに、アイテムサイズがより大きい場合では、readとwriteの差はより大きくなる。

複数アイテム操作

DynamoDBは、同時に複数のアイテムを操作するAPI(BatchGetItem、BatchWriteItem)があり、これらを用いてアプリケーションの性能を改善することができる。 しかし、基本的には、キャパシティユニットの消費を抑えられるわけではないため、これらのAPIを用いてコストが下がるわけではない。 ただし、Queryについては、単一の読み取りオペレーションとして扱われる*4。これについては最近まで見落としていた。 キャパシティーユニットの消費の詳細については、 https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/CapacityUnitCalculations.html に書かれている。

フィルタ式

フィルタ式を用いると、クライアントとDynamoDB間のネットワーク通信料を削減できる。 しかし、DynamoDB内部の読み取りオペレーションの数が減るわけではないため、キャパシティユニットの消費を抑えることはできない

コスト試算表

以下の表では、いくつかのケースで、スループットコストを試算している。実際には、readとwriteのワークロードは両方発生するため、readとwriteのコストの合計値となる。コストはap-northeast-1のもの。

アイテムサイズ(KB) read or write 秒間オペレーション数 読み取り整合性 コスト(USD)
1 read 1000 strong 100
1 read 5000 strong 540
4 read 5000 strong 540
40 read 5000 strong 5400
40 read 5000 eventually 2700
1 write 1000 - 500
4 write 1000 - 2000
4 write 5000 - 10800

表をみるとわかるように、writeのコストが大きくなりやすい。

ネットワーク

同一リージョンの他のAWSサービスとの間で転送されたデータは無料となる。S3と基本的に同じ。

ただし、プライベートサブネットにあるクライアントからDynamoDBへ転送されたデータには、VPC NAT Gateway での転送処理コストが発生する。 https://aws.amazon.com/jp/vpc/pricing/によると、TokyoリージョンではGB単価が$0.062であり、AZ間通信の$0.010/GBの6倍あるため、あなどれないコストになる。

コスト削減策

知る限りのDynamoDBのコスト削減策を書いてみる。ここにある方法以外の策がほしい場合は、そもそもDynamoDBに向いてないユースケースか、アーキテクチャレベルで再設計する必要があるかもしれない。

リザーブドキャパシティ

DynamoDBには、EC2のリザーブドインスタンスのように前払いにより、コストを下げるリザーブドキャパシティがある。 https://aws.amazon.com/jp/dynamodb/pricing/によると、前払いした分のキャパシティ消費が$0になるわけではなく、別途時間料金が設定されており難しい。 最大効率では、1年間前払いで、約50%程度の割引になり、3年間前払いでは、約75%程度の割引になるはず。

Auto Scaling

前述したように、DynamoDB Auto Scalingにより、固定的なキャパシティ割り当てから、実際に消費したキャパシティユニットにより近づけることで、コスト削減できる。 ただし、一日のキャパシティ削減回数には限りがあるため、インターバルの小さいキャパシティ増減には対応できない。

メモリキャッシュ & DAX

DynamoDBのシャーディング機構は、プライマリキーを内部ハッシュ関数への入力とし、内部的なノード配置を決定する。 したがって、特定プライマリキーにreadまたはwriteが集中すると、テーブルのキャパシティを増やしても、1つのノードの性能限界にあたってしまう。

readについては、前段にmemcachedのようなキャッシュを挟むことで対応できる。 もしくは、DynamoDBのインメモリキャッシュであるDynamoDB Acceleratorを使う。 DAXはDynamoDBのwrite throughキャッシュとして動作し、DynamoDBのストレージまで到達してから、DAX上のアイテムに書き込み、レスポンスを返す。 一方で、読み込みは、インメモリキャッシュのレスポンスを返すため、readが支配的なワークロードで効果を発揮する。 DAXの動作モデルについては、https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/DAX.consistency.htmlが詳しい。 DAXは自分で使ったことがないので、DAXそのもののコストについては理解が浅いが、インスタンスタイプベースのコストモデルになっている。

TTL

DynamoDBではアイテムの削除もwriteとして扱われる。 時間経過による自動削除を許すケースであれば、TTLにより、writeコストを削減できる。 TTLによる削除であれば、キャパシティユニットを消費しない。 TTLはアイテムごとに設定できるため、RedisやMemcachedと同じような感覚で扱える。 ただし、おそらく内部的にはコンパクションのタイミングで削除されるため、設定したTTLの時刻になった瞬間に削除されるわけではないことに注意する。

テーブルデータ構造

前述したようにDynamoDBは、writeが支配的なワークロードで、コストが大きくなりやすい。 しかし、メインDBとなるMySQLやPostgreSQLはwriteスケールアウトしづらいため、DynamoDBを使いたいケースにはwriteが支配的であることは多いように思う。 スループットコストの特性からみて、基本的には、writeの回数を減らすか、アイテムサイズを小さくすることで対処する。

writeの回数を減らすには、一つのアイテムに詰め込んで書き込むことになる。 しかし、単純に詰め込んでも、アイテムサイズに比例して、一回あたりの書き込みコストが増加してしまう。 そこで、例えば、1KBが最小単位なため、1KB未満のデータを書き込んでいる場合は、1KBぎりぎりのサイズになるように、データを詰め込んで書き込む。

アイテムサイズを小さくするには、なんらかの手段で圧縮し、バイナリとして書き込むという手段がある。 バイナリとして書き込む場合は、アイテムの追記が難しい。追記するには、一旦アイテムのデータを読み出してから、データを連結して書き込む必要があり、読み出しコストが余分にかかる。リスト型やマップ型の要素としてバイナリ型を使って意味があるケースであれば、素直に追記できる。

数値はおおよそのサイズが「(属性名の長さ)+(有効桁数 2 あたり 1 バイト)+(1 バイト)」と書かれており、桁数ベースなので、バイナリとして扱うほうがサイズ効率はよい。 https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/CapacityUnitCalculations.html

あとは、属性名の長さがアイテムサイズに含まれるので、長い属性名を付けている場合は、短くするとよい。

ネットワーク転送

NAT Gatewayのコストは、DynamoDB VPCエンドポイントにより回避できる。 S3とDynamoDBのVPCエンドポイントは、ゲートウェイVPCエンドポイントと呼ばれるタイプのエンドポイントで、プライベートなDNSエンドポイントが払い出されるわけではなく、VPCのルーティングテーブルを変更し、L3でルーティングする。 想像したものと違ったので、面食らったが、NAT Gatewayのコストは問題なく削減できる。

まとめ

DynamoDBのコスト構造と、自分が知るコスト削減手段を紹介した。 DynamoDBは、データモデルとコストモデルのための公式ドキュメントがもちろん揃っているのだが、計算式はそれなりに複雑になので、妥当な感覚を掴むまでに時間がかかった。 コスト見積もりし、サービスインしたのちに、実際の使用量を確認し、改善策を打つことで、徐々に理解が進んできた。 CPU、メモリなどのハードウェアベースのキャパシティプランニングとは異なり、アプリケーションロジックフレンドリーな計算モデルなため、アプリケーション開発者がコスト見積もりやスケーリング対応をしやすいサービスになっている。

ちなみにAWS Lambdaのコスト構造については、次のエントリ内で紹介している。コスト効率の悪いLambdaアプリケーションの性質に関する考察 - ゆううきブログ

*1:そもそも、DynamoDBはアイテムサイズが現在のところ400KBまでという制限がある https://docs.aws.amazon.com/ja_jp/amazondynamodb/latest/developerguide/Limits.html#limits-items

*2:https://aws.amazon.com/jp/dynamodb/

*3:プライマリキー単体と比較して、プライマリキー+ソートキーの複合キーの作成により、追加のwriteコストが発生することはないと認識しているが、ドキュメントを見つけられなかった。

*4:内部的にはソートキーでソートされたSSTableのような構造になっていて、Queryは、OSのファイルシステム上で連続領域に対するreadになり、1回か少ないI/Oで読み出せるためではないかと推測している

Webサービスをデータセンター移行するときに必要となる技術要素

クラウドへの移行を含むデータセンター(以下DC)移行事例を基に、WebサービスをDC移行するための基本的な技術要素を紹介します。具体的には移行手順、データベースのデータ移行、ネットワーク、DNSなどです。 最近、社内で大規模なDC移行を実施しつつあり、DC移行とはなにかをメンバーへ共有するための文章でもあります。 ちなみに、この記事はHosting Casual Talks #4の発表内容を書き下ろしたものです。

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AnsibleとDockerによる1000台同時SSHオペレーション環境

1000台同時SSHオペレーション環境を構築するにあたって、手元のローカル環境の性能限界の問題を解決するために、オペレーションサーバをSSHクライアントとすることによりSSH実行を高速化した。実行環境としてDocker、レジストリとしてAmazon ECR(EC2 Container Registry)を用いて、ローカル環境とオペレーションサーバ環境を統一することにより、オペレーションサーバの構成管理の手間を削減した。

はじめに

3年前に Ansible + Mackerel APIによる1000台規模のサーバオペレーション - ゆううきブログ という記事を書いた。 この記事では、ホストインベントリとしてのMackerelと、並列SSH実行にすぐれたAnsibleを組み合わせ、オペレーション対象のホスト情報をプログラマブルに管理する手法を紹介した。また、工夫点として、並列SSH実行する上でのパフォーマンスチューニングやレガシーOSでの対応について紹介した。

しかし、並列度をあげるとforkするプロセスの個数が増えてローカル環境のリソースをくいつぶすという問題があった。加えて、並列度が小さいと実行終了まで待たされるという問題があった。 さらに、ローカル環境のOSやハードウェア性能が人によって異なるため、ローカル環境を統一して整備する手間があった。特に毎日利用する用途ではないため、利用頻度に対する整備コストが大きかった。

そこで、ローカルから対象ホスト群に接続するのではなく、オペレーションサーバをクライアントとして対象ホスト群に接続する仕組みに変更した。 これにより、スケールアップが容易になり、普段利用しているサーバ構成管理ツールを用いて、複数ユーザが同じ環境を利用できるようになった。 オペレーションサーバを対象ホスト群と同じデータセンター内に配置すれば、SSHクライアントと対象ホスト群とのレイテンシが小さくなるため、実行速度が向上する可能性があるというメリットもある。

しかし、playbookの開発にはオペレーションサーバではなくローカル環境を用いるため、ローカル環境とオペレーションサーバ環境の差異を小さくできるほうがよい。 そこで、Dockerを用いて、ローカルとオペレーションサーバ共通の環境を構築する。

アーキテクチャと実装

アーキテクチャ

アーキテクチャを図1に示す。 図1: アーキテクチャ

単一サーバから命令を各サーバへ送信するPull型のイベント送信モデルになる。 ローカル -> オペレーションサーバ -> 対象ホストの流れに沿ってSSHログインする。 オペレーションサーバ上では、並列SSHツール(Ansible)が起動し、記述したplaybookにしたがい、オペレーションを実行する。 対象ホスト一覧は、ホストインベントリ(Mackerel)のAPIから取得し、フィルタ(Ansibleのfilter)により、除外パターンを記述できる。 Ansibleそのものとplaybook、スクリプトなどが入ったDockerイメージをコンテナリポジトリ(ECR)にPUSHし、オペレーションサーバ上でPULLしておく。

ヘルパースクリプト

運用観点では、オペレーションサーバのホスト名、Dockerイメージ名、コンテナ名などを覚えてオペレーションはしたくない。 そこで、ヘルパースクリプト yuuki/ansible-operation-helper を参考のため公開している。これは社内事情を吸収するための層になるため、汎用的ではなく、そのまま動くわけではない。

  • Makefile: でDockerイメージのビルド、ECRへのプッシュ、オペレーションサーバへのデプロイ、オペレーションサーバが動作するかどうかチェックするテストのタスクを定義している。
  • bin/on_local_container: ローカルのDockerコンテナ上で引数指定したコマンドを実行する。
  • bin/on_remote: オペレーションサーバにSSHしつつ、引数指定したコマンド実行する。
  • bin/on_remote_container: オペレーションサーバ上のDockerコンテナにて、引数指定したコマンドを実行する。
  • libexec/mackerel.rb: Mackerel用のAnsible Dynamic Inventory。

工夫

オペレーションサーバ越しのroot権限実行

一斉にOSのパッケージを更新したいなど、コマンドをroot権限で実行したいことはケースはたくさんある。 Ansibleでは、Becomeにより、対象ホストにてコマンドをsudo/suを用いて、インタラクティブパスワード入力でroot権限実行できる。 しかし、たいていはsudoerの秘密鍵がローカルにあるため、オペレーションサーバ経由で対象ホストにsudoerとしてログインするにはひと工夫必要になる。 *1

オペレーションサーバ上には当然sudoerの秘密鍵を配置するわけにはいかないため、今回はagent forwardingを用いた。 agent forwardingにより、オペレーションサーバ上のssh-agentプロセスがUNIXドメインソケットを提供し、オペレーションサーバ上のSSHクライアントがそのソケットから認証情報を読み出し、対象ホストへのSSH接続を認証する。

Agent forwarding should be enabled with caution. Users with the ability to bypass file permissions on the remote host (for the agent's Unix-domain socket) can access the local agent through the forwarded connection. An attacker cannot obtain key material from the agent, however they can perform operations on the keys that enable them to authenticate using the identities loaded into the agent.

https://linux.die.net/man/1/ssh

agent forwardingは、セキュリティポリシー上、問題ないか確認した上で利用したほうがよいと考えている。 上記のssh(1)のmanにも書かれているように、攻撃者がagentにロードされた認証情報を使って、オペレーションすることができてしまう。*2 例えば、インターネットに公開された踏み台サーバ上でagent forwardingを用いることは好ましくない。

ヘルパーツールでは、agent forwardingをむやみに利用しないように、on_remoteラッパー実行時のみ、 forwardingを有効するために、-Aオプションを用いている。参考

rawモジュールとscriptモジュールのみの利用

本格的なサーバ構成管理をするわけではないため、シェルスクリプトを実行できれば十分だ。 Ansibleにはrawモジュールscriptモジュールがあり、シェルスクリプトを実行できる。 rawモジュールとscriptモジュールのメリットは、対象ホスト上のPython環境に左右されずにオペレーションできることだ。 例えば、Ansible 2.4からPython 2.4/2.5のサポートが切られた*3ため、CentOS 5ではepelからpython 2.6をインストールして使うなどの手間が増える。Ansible 2.4 upgrade and python 2.6 on CentOS 5

Ansibleの実行ログのGit保存

どのサーバに対してオペレーションしたかを記録するため、ログをとっておくことは重要だ。 CTO motemenさんの furoshiki2を用いて、Ansibleのコマンド実行ログをGit保存している。 作業ログと履歴をシンプルに共有できる furoshiki ってツールを書いた - 詩と創作・思索のひろば 前述の on_remote_container 内でansible-playbookの実行に対して、furo2コマンドでラップするだけで使える。

まとめと今後の課題

AnsibleとDockerを用いて、オペレーションサーバ経由で、大量のサーバに同時SSHオペレーションする環境の構築例を紹介した。 アーキテクチャと、アーキテクチャを実現するOSS、ヘルパーツールに加えて、3つの工夫として、agent forwardingによる権限エスカレーション、raw/scriptモジュールの利用、furoshiki2によるログのGit保存がある。

並列SSHすることが目的であれば、Ansibleはややオーバーテクノロジーといえるかもしれない。 具体的には、YAMLにより宣言的に記述されたplaybookや、各種Ansibleモジュールは今回の用途では不要であり、これらの存在は余計な学習コストを生む。 そこで、シンプルな並列SSHコマンド実行ツールとして、最近発見したorgalorgに着目している。 サーバとの接続に対してプロセスをforkするAnsibleと異なり、orgalorgはgoroutineを用いるため、より高速な動作を期待できる。 しかし、現時点では、パスワードありsudo実行、ssh agent forwardingに対応していない*4ことと、AnsibleのPatterns機能が、ホスト管理上非常に便利なため、今のところはAnsibleを利用している。

*1:LinuxユーザとSSH鍵の管理ポリシーにより、とりえる手段がかわってくるため注意

*2:鍵の中身そのものを取得はできないとのこと

*3:https://github.com/ansible/ansible/issues/33101#issuecomment-345802554

*4:これぐらいならコントリビュートできそう

2017年のエンジニアリング振り返り

はてなに入社して4年経った。

2017年のエンジニアリング活動を一言でまとめてみよう。

時系列データベースの開発にはじまり、なぜかIPSJ-ONEで登壇し、その後IPSJ-ONEでの構想をベースにはてなシステム構想を考え始め、ウェブサイエンス研究会でストーリーとしてまとめ上げつつ新たな可能性に気づき、それを実践していく場としてウェブシステムアーキテクチャ(WSA)研究会を立ち上げた。

一方で、仕事では、昨年の振り返りに書いているように、エンジニアとしての専門性を発揮する機会が薄れてきたという問題意識が、いよいよ深刻な課題へと変貌したように感じている。それも残念ながら自分一人だけの問題ではなくなってきた。 この課題をエンジニアリングそのものではなく、人間のスケールアウトでは解決できない、組織アーキテクチャの課題であると捉えている。 組織アーキテクチャの課題を解くための鍵は、今のところ「未来を定義する」「未来に向かって集中して取り組める環境をつくる」ことだろうと仮定している。 前者の未来については前述のシステム構想があり、後者の方法論として今年実践する機会のあったプロジェクトマネジメントがある。

したがって、来年は、今年構想したビジョンを技術と組織の両輪を回し、実現し始める、ということが目標になる。 そしてその裏には、エンジニア個人としては技術を作る技術をやっていきたいと思いつつ、生活時間の大半である業務の課題はマネジメントであるというギャップをどう埋めて一つのストーリーとしていくかが重要になるだろう。

ここまで、いきなりまとめに入ったのだけれど、2017年に力を注いだ各トピックについて細かく振り返ってみる。

  • 時系列データベースの設計・開発・運用
  • 学術研究のアプローチとの出会いとビジョンの構想
  • プロジェクトマネジメント
  • アウトプット

時系列データベースの設計・開発・運用

開発した時系列データベース(TSDB)は、運用にのることに成功し、今のところクリティカルな問題を起こすことなく動いている。実装・運用面では、同僚のid:itchynyさん、id:astj さん、id:kizkoh さんの力によるところが大きい。

このTSDBのオレオレ実装を、半年毎日コード書いて頑張っていたのだけど、リリース前に疲弊しまくって睡眠もうまくとれなくなってしまったので、途中までになってしまった。https://github.com/yuuki/diamondb/ 個人でやるプロジェクトとしては、ひと通り動くまでに時間がかかりすぎ、細かくロードマップを引きづらかったので、サーベイを続けて、新たな課題を発見し、その課題を小さく解決する手法を編み出したい。

TSDBの開発は、大きな成果だと思っており、この知見を横展開するために、より汎用的なアーキテクチャにできないかと考えたのが、TimeFuzeアーキテクチャ構想だ。

時系列データベースに限らず、大規模な計算機システムのモニタリングを支えるデータ処理アーキテクチャが好きなので、今後のライフワークとしていきたい。

学術研究のアプローチとの出会いとビジョンの構想

突然だけど、id:matsumoto_r (まつもとりー)さんの昨年の振り返りをみてみよう。

さらに、id:y_uuki さんとは今年1年非常に仲良くさせていただいて、12月はなぜか毎週会って何かイベントごとをこなすようなぐらい、企業・アカデミア方面で関わることが多かったように思います。いつか、企業とアカデミアの両方の要素を含む新しい研究会みたいなものを一緒に作っていけるといいな、ぐらいに一方的に信頼しており、色々と今年は無茶をお願いしましたが、できるだけその無茶をちゃんと責任をもってサポートできるようにしたいと思います。

エンジニア・研究者とはどうあるべきか - 2016年振り返りと新生ペパボ福岡基盤チームの紹介 - 人間とウェブの未来

今年は、まつもとりーさんのおかげもあって、学術研究コミュニティとの関わりが深くなった年だった。 前述の 高度に発達したシステムの異常は神の怒りと見分けがつかない - IPSJ-ONE2017 - ゆううきブログ に始まり、まつもとりーさんの5年間の挑戦の最後を見届け matsumotoryさんの博士学位論文公聴会に参加し、見て聞いて考えたこと - ゆううきブログペパボ・はてな技術大会では考えたビジョンをみてもらって、自分なりにウェブシステム全体をみてストーリー化し、それに対して議論していただいて、最後は「企業とアカデミアの両方の要素を含む新しい研究会」としてウェブシステムアーキテクチャ研究会を一緒に立ち上げることができた。

その中で気づいたのは、学術研究のアプローチにより、ウェブシステムの分野におけるある種の限界を突破できるかもしれないということ。 ここでの限界というのは、同じことの繰り返しで積み上げによる進化をしていないじゃないか感と、シリコンバレーの巨人の西洋技術を取り入れるだけで自分たちの存在価値とはなんなのだろう感を指している。 それらに対するアプローチは既にあり、前者は体系化、後者は徹底したサーベイと自分なりの思考からの新規性ということになる。 このあたりのよもやまについてはTwitterにあれこれ書いていた

ちなみに、学術研究のアプローチを企業でのエンジニアリングに導入することで何が起きるかについては、まつもとりーさんの下記の2つの記事にすべて書かれている。*1

なにより重要なのは、そもそもなにがやりたいのかという自分の欲求と、それが実現したらどんな世界になるのかをイメージすることだとまつもとりーさんは何度もおっしゃっていた。*2 前者はともかく後者はまあいいんじゃないと思いがちだし、実際何度もそう思った。 特に現場の泥臭い運用をやっていれば、なおさらそう思う。 しかし、前者だけであれば個人の趣味でしかないので、食べていくために仕事をしないといけないとなると費やせる時間は限られる。 そこで、欲求が世界にどう作用するかを考えることで、やりたいことを仕事にできる...はず*3

こういうことをずっと考えていた1年だった。 こうしてちょっとずつ自分なりの道をつくりつつあるのも、まつもとりーさんのおかげだなあとしみじみ思います。いつもありがとうございます。

そういえば、同じように同僚の id:masayoshi にも僕のほうからいろいろ無茶を投げつけたのだけど、彼は僕よりもアカデミックのアプローチに精通していたり、技術力も上なのでもっと無茶振りしていこうと思った。来年こそはなんとかしたいねいろいろと。

プロジェクトマネジメント

時系列データベース開発とクラウド移行のプロジェクトを丸ごと任された結果、物事を前に進めるための条件というものがあることを体感で理解したように思う。 これをウェブオペレーションチームの一部で実践しはじめ、小さな範囲でうまくできそうだということがわかってきたので、来年はチームというか部署全体で適用していきたい。 これらについては、まだアウトプットしていないのでどこかでアウトプットしたい。daiksyさんの薦めで、RGST2018に応募していたのだけど、残念ながら選考で落ちてしまった。

SREの分野のマネジメントって、SRE本以外に世の中に知見があまりなく、逆にチャンスだと思うが、自分が追求することではないと思っているので、誰かこれをはてなで追求したい人がいないかを探している。

アウトプット

OSS

以前開発していたdrootが、[capze](https://github.com/yuuki/capze]とともにオンプレミス上の大きめのサービスで稼働しはじめ、明らかになったバグを修正したりしていた。

アーキテクチャ設計に関わった GoとMySQLを用いたジョブキューシステムを作るときに考えたこと - ゆううきブログ では、id:tarao さんにより Fireworq として実装され、公開された。今、1200 starsとかになっていてすごい。

ブログ

登壇内容をベースにそれをできるかぎりしっかり文章にまとめるということをやり続けている。 なぜかというと、アウトプットのスケーラビリティを非常に強く重視していて、登壇資料はあくまで当日その場のためのものであり、文章として後に残すことが自分のためにも重要だと考えているためだ。 最小のインプットで最大のアウトプットが鉄則。

登壇

過去最多の11本。とはいっても、数とかどこで登壇したかは問題ではなく、何を考え何を話したか、それぞれの登壇に何かしらの挑戦があったかが重要だと思う。

あとがき

エンジニアとしてやりたいことと、仕事で実際にやっていることとの乖離が大きくなってきた。 そもそも、仕事ではだいたいその場しのぎの解決しかできず、あとは家に帰ってがんばるということがこれまでほとんどではなかったかとすら思う。 世の中のすごいエンジニアもみんなそんなもので、もっとたくさんのプライベート時間を費やしているか、技術力が圧倒的だから少ない時間できれいに解決できるに違いない、自分はまだまだなのだという気持ちでいたのだけど、どうやら必ずしもそういうわけではなさそうだと感じはじめた。 人が増えれば解決するはずだと、信じていたが脆くもその願望が打ち砕かれつつある。サーバ増やしてもスケールしないのと同じでアーキテクチャの問題。

乖離を埋めるためには、どうしたらいいのか。 技術力を発揮するというより、組織やプロジェクトをマネジメントすることが必要だと自分で導出してしまったため、矛盾しているような気もする。 マネジメント、あれほどやりたくないと言っていたのだけど、それが課題となればやるしかない。 マネジメントといっても、人と調整したり協調したりすることはあまり得意ではない*4ため、自分の資質にしたがい、ビジョンとか戦略をつくって、それを達成するアーキテクチャを考え、アイディアをだして、最上志向だから不得手な部分は仲間(にどんどん任せていくというようにしてやっていきたい。

自分の技術力向上については、WSA研を目安に研究志向でアイデアをOSSとして実現しつつ、より高みを目指したアウトプットとして論文を書いていきたい。

最後にid:tomomiiさんの縁側トーク 道をつくるを載せておき、来年また思い出せるようにしておく。tomomiiさんに道の概念を話してもらってから、自分の道とはなにかということを頭のなかでずっと考えている気がする。

*1:前者は僭越ながらはてなブログ大賞に選出させていただきました。

*2:イメージすることについては、以前書いた記事で紹介させていただいた、イメージできることを実践するを連想する。

*3:本当はもうすこし深い意味があると思うのだけど、現状はこういう理解でいる

*4:id:dekokun に任せる!

TimeFuzeアーキテクチャ構想 - 処理とデータとタイマーを一体化したデータパイプライン

この記事は第1回ウェブシステムアーキテクチャ(WSA)研究会の予稿です。

cronのようなタイムスケジューラーにより、定期的に実行されるバッチ処理の課題を解決するアーキテクチャを最近考えている。 この記事では、単一のタイムスケジューラによるcronベースの手法に代えて、データに対してタイマーと処理を仕込むことでスケールさせやすい構造にできないか、という提案を試みる。

はじめに

Webサービスにおいて、リクエストに対してHTMLのレスポンスを返却する以外のワークロードの多様化が進んでいる。 最近であれば、機械学習による時間周期による大規模なデータ処理が求められることも多い。 その他、月次の課金バッチ処理や、ランキングの定期更新など、一定の時間間隔で任意の処理を実行したいケースは多い。

このような定期的なデータ処理パターンは、SRE本[Bet17]の25.1節「パイプラインのデザインパターンの起源」にて、データパイプラインと定義されるデザインパターンに分類できる。

データ処理に対する旧来のアプローチは、データを読み取り、希望する何らかの方法でそのデー タを変換し、新しいデータを出力するプログラムを書くというものでした。通常こういったプログラムは、cron のような定期スケジューリングを行うプログラムの制御の下でスケジュール実行されました。このデザインパターンはデータパイプラインと呼ばれます。 「SRE サイトリライアビリティエンジニアリング ――Googleの信頼性を支えるエンジニアリングチーム」

データパイプライン処理を実現する一般的な方式は、特定サーバ上のcronなどのタイムスケジューラーにより、バッチ処理を実行させる方式である。

一般のデータパイプラインの欠点として、25.3節「定期的なパイプラインパターンでの課題」にて、期限内に実行が終わらないジョブ、リソースの枯渇、処理の進まないチャンクとそれに伴う運用負荷が挙げられている。 この記事では、一般のデータパイプラインの課題は以下の4つであると仮定する。

  • a) データ量増大にあわせたスケーリング運用の難しさ
  • b) バッチ処理途中のエラー処理の難しさ
  • c) タイムスケジューラそのものの運用の煩雑さ
  • d) 実行頻度設定の柔軟性の低さ

一般のデータパイプラインの課題を、データと処理とタイマーを一体化するアーキテクチャにより解決できると考えている。 提案するアーキテクチャでは、データに紐付いたタイマーがジョブを起動する。 これにより、一般手法と比較し、スケーラブルかつ細かい粒度で制御しやすいデータパイプライン処理ができる。 起爆装置と爆薬とタイマーを一体化した時限信管(Time Fuze)に似ていることから、このアーキテクチャを「TimeFuzeアーキテクチャ」と名付けてみた。

課題aについては、最初から並行処理を前提としたアーキテクチャにより解決できる。 課題bについては、バッチ処理ではなくレコード単位でジョブ定義することにより解決できる。 課題cについては、データストアのTTLによりスケジューラホストが不要となる。 課題dについては、タイマー設定の粒度をレコード単位で設定することで解決できる。

以前開発した時系列データベースアーキテクチャ[yuu17]では、特性の異なる3種類の分散データストアを組み合わせ、古いデータを遅いディスクへ徐々に逃していくことにより、性能とコストを最適化した。データストア実装として、インメモリDB(Redis Cluster)、オンディスクDB(Amazon DynamoDB)、オブジェクトストレージ(Amazon S3)を採用している。 このアーキテクチャを考える上で重要なのは、どのようにデータを移動させるかということだった。 前述の一般的な手法により、データレコードを走査し、一定以上古いタイムスタンプをもつレコードを読み出し、次のデータストアへ書き込むという素朴な手法をまず考えた。 時系列データベースのアーキテクチャでは、これをデータストアのレコード単位のTTLを利用して解決した。 具体的には、データストアに書き込むときに、レコードに対してTTL(Time To Live)を設定し、TTLが期限切れになったタイミングで、トリガーを起動し、期限切れレコードを別のデータストアへ書き込む。 実装として、DynamoDB StreamsとLambda Triggersの組み合わせ[dyn01]とDynamoDBのTTL[dyn02]を利用し、DynamoDBからS3へデータを移動させた。 これにより、パイプライン処理を、バッチ処理ではなく、レコード単位のイベント駆動型処理に置き換えられた。

のちに、TTLを用いたデータパイプラインアーキテクチャを時系列データベース以外のデータパイプラインに適用できないかを考えた。 例えば、機械学習の学習モデルの定期更新や、マルチテナント環境における大量のSSL/TLS証明書[mat17]の定期更新などがある。 以降では、TimeFuzeアーキテクチャの詳細と実装手段、アプリケーション適用について議論する。

提案手法

TimeFuzeアーキテクチャ

TimeFuzeアーキテクチャの動作フローを以下の図に示す。

DataSourceはデータパイプラインの読み出し側を指し、DataDestinationは書き出し側を指す。 TriggerはDataSourceレコード単位のパイプライン処理を実行する。

まず、DataSourceに対して、Triggerを実行したい時刻を表すTTLと共にデータレコードを書き込む。 次に、TTLの期限切れ(expire)を検知し、Triggerに期限切れしたレコードを渡す。 さらに、Triggerが渡されたレコードをもとに所定の処理を実行し、DataDestinationに対して、結果を書き込む。 Triggerでは、その他のAPIやデータストアからデータを取得することもある。 DataDestinationは、DataSourceと同一のデータストアでもよい。 前述の学習モデルの更新や証明書更新の例では、DataSourceとDataDestinationは同一のデータストアを利用することを想定している。

TimeFuzeのメリット

TimeFuzeアーキテクチャには以下のメリットがある。

  • a) 並行処理を前提としたアーキテクチャであり、スケールさせやすいこと
  • b) エラーからの回復処理が容易であること
  • c) タイムスケジューラとバッチ処理のためのホストもしくはクラスタの構築・運用が不要であること
  • d) レコード単位でタイマーをセットするため、ジョブの実行頻度をレコード単位で調整可能

a) について、バッチ処理の場合、マルチコア・マルチホストスケールさせるまたはI/O多重化するための並行処理実装を開発者に要求する。 TimeFuzeでは、レコード単位でトリガー処理を記述するため、スケールさせやすい。 b) について、TimeFuzeでは、1レコード分の処理を書けばよいため、エラー発生時にリトライする場合、どこまで処理を終えたかを記録するといった回復処理のための実装が必要がない。

TimeFuzeの実装

実装として、Amazon DynamoDBとAWS Lambdaを利用する例と、Redisを利用する例をあげる。

Amazon DynamoDBおよびAWS Lambda

Amazon DynamoDBは、フルマネージド型のNoSQLデータベースサービスである。 AWS Lambdaは、任意のイベントを入力として任意の処理をFunctionとして登録しておくと、イベント発火を契機にFunctionを呼び出せる。 これらを組み合わせ、DynamoDB上のレコードに対する登録、更新、削除のイベントを契機に、Lambda Functionをトリガーとして実行できる。 DynamoDBはTTLをサポートしており、TTL expiredイベントを契機にLambda Functionを実行できる。

DynamoDBをDataSourceとして、トリガー処理にLambdaを利用することで、TimeFuzeアーキテクチャを素直に実装できる。

Redis

Redisは多彩なデータ構造をもつインメモリDBであり、昨今のWebアプリケーションのデータストアの一つとして、広く利用されている。 RedisはKeyspace通知[rednot]機能をもち、キーに対するイベントをPub/Subにより、購読者にメッセージ通知できる。 Keyspace通知を利用し、DynamoDB同様にトリガー処理を実現できる。

ただし、実運用のためのトリガー処理を実現するには、イベント通知以外に、通知するイベントの永続化とイベントを受信し処理するトリガーの実装が必要となる。 Redis自体は、後者の2つをサポートしないため、アプリケーション開発者が汎用的に利用できる実装を提示したい。

そこで、以前筆者が開発したジョブキューシステム[yuu14]Fireworq[gitfir]に着目する。 Fireworqでは、ジョブの永続化をサポートし、所定のインタフェースを満たしていれば任意の言語で開発したWebアプリケーションサーバに対してジョブ実行を依頼できる。 RedisのKeyspace通知とFireworqを組み合わせることにより、メッセージの永続化をサポートしつつ、任意の言語によるトリガー処理を実現できる。 ただし、RedisにKeyspace通知を受信し、Fireworqへ投稿するコンポーネントを新たに実装する必要がある。

TimeFuzeの具体的なアプリケーションへの適用

自分の最近の業務経験から、時系列データの異常検知と大規模SSL/TLS証明書管理アプリケーションへのTimeFuzeアーキテクチャの適用を考えた。

時系列データの異常検知

機械学習をWebサービスに導入すると、最新の投稿データに追従するために、定期的に学習モデルを更新することがある。 TimeFuzeにより、DataSource上のモデルの更新処理をTriggerとして登録し、モデル更新時にTTLをセットして再書き込みすることにより、データパイプラインとして機能する。

時系列データによる異常検知では、収集したメトリック系列もしくはメトリック系列の集合に対して、学習モデルを構築する。 学習モデル構築後に収集されるメトリックに対応するため、学習モデルを定期的に更新する必要がある。

このアプリケーションにTimeFuzeアーキテクチャを適応することを考える。 学習モデルを更新するのみで、学習モデルを他のデータストアに移動させる必要はないため、DataSourceとDataDestinationは同一のデータストアとなる。 各学習モデルのレコードにTTLを設定し、Triggerが外部データストアからメトリックを取得し、学習処理を実行したのちにDataDestinationに対して上書き更新する。

大規模SSL/TLS証明書管理

ブログサービスやレンタルサーバーサービスのようなマルチテナント環境[pep17]にて、大量のSSL/TLS証明書を管理し、数ヶ月ごとに更新するケースがある。Let's Encrypt[letenc]の場合、証明書の期限は3ヶ月となる。

[mat17]では、サーバ証明書と秘密鍵をWebサーバ上のファイルシステムに格納するのではなく、データベースに格納し動的取得するアーキテクチャが提案されている。 データベース上の証明書と秘密鍵を定期的に更新するために、TimeFuzeアーキテクチャを適用することを考える。 各ドメインに対する証明書および秘密鍵のレコードにTTLを設定し、Triggerが証明書を再取得し、DataDestinationへ上書きする。 Let's Encryptの場合、ACMEプロトコルにより証明書を自動発行できる。

考察

TimeFuzeの適用条件

現在のところ、TimeFuzeの適用条件は、y_uukiの経験に頼っており、明らかでない。*1 既存のデータパイプラインアプリケーションの課題をサーベイし、適用条件を整備することは今後の課題である。 現段階では、以下のデメリットにあてはまるケースに加えて、少なくともデータレコード数が一定以上大きくなければメリットを享受しづらいことがわかっている。

TimeFuzeのデメリット

TimeFuzeアーキテクチャはあらゆるデータパイプラインに適用できるわけではない。

アーキテクチャレベルでは、Triggerがレコード単位でジョブを実行するため、DataSource上の複数のレコードをマージする必要がある処理をしづらいというデメリットがある。 従来手法であれば、DataSource上のレコードをグループ化して読み出し、マージ処理することは容易である。 一方、TimeFuzeアーキテクチャでは、マージする必要がないように最初から1つのレコードにまとめて書き込む必要がある。

さらに、実装レベルでは、TTLを利用することのデメリットとして、データの一貫性と、ジョブ実行タイミング制御の困難性がある。 前者では、レコードが削除されてから更新されるまでレコードを参照できない期間があり、アプリケーションに工夫を要求する。 後者は、TTLの期限切れを過ぎてから実際に削除されるまでのディレイが大きいと、開発者が意図したタイミングよりも遅れてジョブが実行されることがありえる。 DynamoDBのTTL実装の場合、ベストエフォートベースでTTL期限切れ以降2日以内に削除することを目指している[dyn03]

TimeFuzeのデメリットの解決

TTLのデータの一貫性の問題は、TTLをタイマーとして利用するのではなく、設定した時刻を経過したイベントのみを発行し、レコードを削除しない機能をデータストアに組み込むことで解決できる。

ジョブ実行タイミング制御の問題は、RedisやCassandraなどTTLをサポートしたデータベース実装を調査し、ディレイ時間を計測する必要がある。

アーキテクチャレベルの課題について、リレーショナルモデルのようなデータレコード間の関係の概念を導入することにより、複数のレコードを前提としたアーキテクチャへ昇華できるかもしれない。 *2

むすび

データパイプライン処理は、Webサービス開発ではよく採用されるデザインパターンである。 単一のタイムスケジューラによる従来手法では、レコード数に対するスケーラビリティ・エラー回復処理・サーバ運用効率・ジョブ実行頻度の細かい粒度での制御に課題があった。 そこで、この記事では、処理とデータとタイマーを一体化したTimeFuzeアーキテクチャを提案し、従来手法の課題の解決を構想した。 さらに、時系列データベースアーキテクチャ、時系列データの異常検知、大規模SSL/TLS証明書管理の各アプリケーションへの適用可能性を示した。

今後の取り組みとして、既存のデータパイプラインの課題をサーベイし整理し、既存データストア実装のTTLディレイ時間の調査、TTLではなくTime to Eventを既存のデータストアへ組み込むことを考えている。

参考文献

発表スライド

発表時のフィードバック

  • TimeFuzeアーキテクチャの適用条件について (matsumotoryさん)
  • 関係性の概念の導入について (monochromeganeさん)
  • モバイルエージェントとの関連について (61503891さん)
  • 適応的なパラメータ決定ポイントについて (matsumotoryさん、syu_creamさん、suma90hさん)

あとがき

提案するアーキテクチャ名がTimeFuze(時限信管)であることにはそれなりの意味があります。 表題を考えていたときに、まつもとりーさんのFastContainerアーキテクチャ構想を眺めていました。 FastContainerってかっこいいしずるいみたいな感じです。 自分もかっこいい名前にするぞ、とあれこれ考えました。 最初はDataCronやData-Driven Cronといった名前を考えていました。 このような名前であれば、この分野の人であればなんとなく想像はつきそうであるものの、多義的な用語になりそうだったため、あまりピンときていませんでした。 このアーキテクチャに対して、なんとなく時限爆弾っぽいイメージとARMORED COREの近接信管のイメージをもっていたため、ググってみると、TimeFuze(時限信管)という用語があることを知りました。 Wikipediaによると信管は、「起爆時期を感知する機能」「所望の時期以外では絶対に起爆させないための安全装置」「安全装置の解除機構」「弾薬の起爆装置」の4つの機能が統合された装置だそうです。 ここで、このアーキテクチャのアイデアって、「データ」「処理」「タイマー」の一体化ではないかということに思いあたりました。 記事中では、しれっとでてくるこの表現ですが、この表現のおかげで、最終的にはデータが意思を持って動いて欲しい(by takumakumeさん)という話まで発展させることができました。

そうすると自分の中でのFastContainerの見方がかわってきました。 FastContainerは現在のところプロセスに着目されていますが、データ処理に着目する発想もあるんじゃないかと考えました。 議論では、さらに関係性の概念やモバイルエージェントの関連など、さらにTimeFuzeを深めるための着想をいただき、ひさびさにおもしろい、楽しいと思う発表でした。

言葉にこだわった結果、抽象化が進み、他の技術や研究と結び付け、新たな着想を得ることができる、というのがここで言いたかったことでした。

あとがきは以上です。wsa研自体の振り返りは別記事として書きます。

*1:発表後の質疑にて、matsumotoryさんに指摘されたところ

*2:発表後の質疑にて、monochromeganeさんに指摘されたところ

ウェブシステムの運用自律化に向けた構想 - 第3回ウェブサイエンス研究会

はてなエンジニア Advent Calendar 2017の2日目です。 昨日は、id:syou6162 さんによるAWS Lambda上で鯖(Mackerel)の曖昧性問題を機械学習で解決しよう - yasuhisa's blogでした。

この記事は、人工知能学会 合同研究会2017 第3回ウェブサイエンス研究会の招待講演の内容を加筆修正したものです。 講演のテーマは、「自然現象としてのウェブ」ということでそれに合わせて、「自然のごとく複雑化したウェブシステムの運用自律化に向けて」というタイトルで講演しました。 一応、他の情報科学の分野の研究者や技術者に向けて書いているつもりですが、その意図がうまく反映されているかはわかりません。

※ 2018/01/29追記: 本文中で費用を最小にすることが目的としていますが、最近では、費用も制約条件であり、変更速度を最大にする最適化問題というほうがしっくりくるようになりました。変更速度がどんどん大きくなり、そもそも人が変更するのではなく計算機が変更しはじめるのが、Experimentable Infrastructureです。これを突き詰めていくと、人間の発想をすぐ計算機に反映できる状態になります。その結果、人間の発想そのものが何か変化するではないかということが最近の興味です。)

概要

ウェブシステムの運用とは、信頼性を制約条件として、費用を最小にする最適化問題であると考えています。 費用を最小にするには、システム管理者の手を離れ、システムが自律的に動作し続けることが理想です。 クラウドやコンテナ技術の台頭により、ウェブシステム運用技術の自動化が進んでおり、自律化について考える時期になってきたと感じています。 自律化のために、観測と実験による「Experimentable Infrastructure」という構想を練っています。 Experimentable Infrastructureでは、監視を超えた観測器の発達、実験による制御理論の安全な導入を目指しています。

1. ウェブシステムの信頼性を守る仕事

ここでのウェブシステムとは、ウェブサービスを構成する要素と要素のつながりを指しており、技術要素とは「ブラウザ」「インターネットバックボーン」「ウェブサーバ」「データベース」「データセンター内ネットワーク」などのことを指します。 特に、データセンター内のサーバ・ネットワークおよびその上で動作するウェブアプリケーションを指すことがほとんどです。 総体としてのウェブというよりは、単一組織内の技術階層としてのシステムに焦点をあてています。

ウェブシステムの最も基本的な機能として、「信頼性」があります。 信頼性を守る役割は「Site Reliability Engineer(SRE)」が担います。 SREはウェブ技術者界隈で市民権を得ている概念であり、Googleのエンジニアたちによって書かれた書籍「Site Reliability Engineering」[Bet17]に詳細が記されています。

信頼性にはいくらかの定義のしようがあります。 [Bet17]では[Oco12]の定義である「システムが求められる機能を、定められた条件の下で、定められた期間にわたり、障害を起こすことなく実行する確率」を採用しています。 信頼性というとつい100%を目指したくなりますが、信頼性と費用はトレードオフなため、信頼性を最大化するということはあえてしません。

さらに、信頼性をたんに担保することが仕事なのではなく、費用を最小化することが求められます。 この記事では、費用=コンピューティングリソース費用 + 人件費用 + 機会費用 *1としています。 SREは費用をエンジニアリングにより削減できます。例えば、コンピューティングリソース費用はソフトウェアの実行効率化、人件費用と機会費用はソフトウェア自動化などにより削減できます。 以上より、SREの仕事のメンタルモデルは、「目標設定された信頼性*2 *3を解くことであると言い換えられると考えます。 特にSREでは、定型作業(トイルと呼ばれる)を自動化し、スケールさせづらい人間ではなくコンピュータをスケールさせることが重要な仕事となります。

一般の人々からみれば、ウェブシステムは、十分自律動作していると言えます。 内部的に障害が発生したとしても、人々は何もせずとも、障害から回復し普段通りサービスを利用できます。 ただし、その裏では、信頼性を担保するために、数多くの人間の手作業や判断が要求されているのが現実です。 人間がなにもしなければ、およそ1週間程度*4で信頼性は損なわれることもあります。

我々のゴールは、最終的にコンピュータのみでシステムを運用可能な状態にすることです。 IOTS2016の開催趣旨が、このゴールを端的に言い表しています。

インターネット上では多種多様なサービスが提供されている。このサービスを提供し続け、ユーザに届けることを運用と呼ぶ。サービスが複雑・多様化すれば運用コストは肥大する。このコストを運用担当者の人的犠牲により「なんとか」してしまうことが「運用でカバーする」と揶揄される。日本では大規模構造物を建造する際に、破壊されないことを祈願して人身御供 (人柱) を捧げる伝統があるが、現在のインターネットの一部はこのような運用担当者の人柱の上に成立する前時代的で野蛮な構造物と言うことができる。

運用担当者を人柱となることから救う方法の一つが運用自動化である。運用の制御構造における閾値を明らかにすることにより、人は機械にその仕事を委託することができる。機械学習や深層学習により、この閾値を明らかにすることをも機械に委託することが可能となることも期待される。不快な卑しい仕事をやる必要がなくなるのは、人間にとってひじょうな福祉かもしれないが、あるいはそうでないかもしれない。しかし機械に仕事を委託することにより空いた時間を人間が他のことに使うことができるのは事実である。

本シンポジウムは、インターネットやネットワークのサービスの運用の定量的な評価を通じて、積極的に制御構造を計算機に委託することで人間の生産性を向上させ社会全体の収穫加速に結びつけることを目的とする。

IOTS2016 開催の趣旨より引用 http://www.iot.ipsj.or.jp/iots/2016/announcement

2. ウェブシステム運用の現状

国内のウェブシステムの運用技術の変遷

2010年以前は自作サーバ時代[rx709]でした。 秋葉原でパーツを購買し、組み立てたサーバをラックに手作業で配置していました。 自作だと壊れやすいこともあり、冗長化機構やスケールアウト機構など信頼性を高める基礎機能が浸透しました。[ito08] のちにベンダー製サーバやクラウドへ移行が進みます。 このころから、XenやKVMなどのハイパーバイザ型のサーバ仮想化技術の台頭により、徐々にサーバをモノからデータとして扱う流れができはじめます。

クラウド時代

2011年にAWS東京リージョンが開設され[awshis]、有名ウェブ企業が移行しはじめます[coo15]。 クラウドの利用により、必要なときにすぐにハードウェアリソースが手に入り、従来の日または月単位のリードタイムが一気に分単位になりました。 さらに、単にハードウェアリソースが手に入るだけでなく、クラウドのAPIを用いて、サーバやデータベースをプログラムから作成することが可能になりました。 これを利用し、負荷に応じて自動でサーバを増やすなどの動的なインフラストラクチャを構築できるようになってきました。

コンテナ型仮想化技術

2013年のDocker[doc13]の登場により、ソフトウェアの動作環境を丸ごとパッケージ化し、さまざまな環境に配布できるようになりました。 コンテナ型仮想化技術そのものは古くから存在しますが、Dockerはコンテナの新しい使い方を提示しました。 コンテナ環境は、ハイパーバイザ環境と比べてより高速に起動する*5ため、より動的なインフラストラクチャの構築が可能になりました。

この頃より、Immutable Infrastructure[imm13][miz13][mir13][sta13]またはDisposable Infrastructureの概念が登場し、サーバを使い捨てるという発想がでてきました。

サーバレスアーキテクチャ

2015年ごろから、サーバレスアーキテクチャ[mar16] [nek16]という概念が登場しました。 これは本当にサーバがないわけではなく、サーバの存在を意識しなくてよいような状態へもっていくためのアーキテクチャと技術選択を指します。

サーバレスアーキテクチャでは、具体的なサーバやコンテナの存在を意識することなく、抽象化された複数のサービスを組み合わせて、ビジネスロジックを実装するようになります。 ここでのサービスは、フルマネージドサービスと呼ばれることが多く、データベースサービス(Amazon DynamoDB、Google BigQueryなど)、CDNサービス(Akamai、Amazon Cloudfrontなど)、Functionサービス(AWS Lambda、Google Function)などを指します。 理想的なフルマネージドサービスは、裏側にあるサーバの個数や性能ではなく、APIの呼び出し回数や実行時間、データ転送量といったよりアプリケーションに近い単位でスケーリングし、課金されます。 ウェブサービス事業者がこれらの抽象層を実装するというよりは、クラウドベンダーがサービスとして提供しているものを利用することがほとんどです。

Site Reliability Engineering(SRE)の登場

2015年から日本のウェブ業界にSREの概念が浸透し始めました[mer15]。 SREにより、ウェブシステムの「信頼性」を担保するエンジニアリングという、何をする技術やエンジニアなのかがはっきり定義されました。 それまでは、システム管理者、インフラエンジニアや下回りといったざっくりした用語で何をする技術で何をする人なのかが曖昧な状態であることに気付かされました。 トレードオフである信頼性を損なわずに変更の速度の最大化する*6上で、ソフトウェアエンジニアリングを特に重視しているのも特徴的です。

SRE自体は技術そのものではなく、SREによりウェブシステムの運用分野に、体系的な組織開発・組織運用の概念が持ち込まれたことが、大きな変化だと考えています。

変遷まとめ

昔はハードウェアを調達し、手作業でラッキングしていました。 現在では、サーバの仮想化技術の発達とアプリケーション動作環境パッケージングの概念、さらにサーバレスアーキテクチャの考え方とサービスの浸透により、よりダイナミックで抽象的なインフラストラクチャが構築可能になりました。 このように、インフラストラクチャがソフトウェアとして扱いやすくなり、ソフトウェアエンジニアリングを重視した組織文化の浸透と合わさり、この10年でソフトウェアによる運用自動化が大幅に進んできたと言えます。

しかし、これでめでたしめでたしかというとそういうわけではありません。

3. ウェブシステム運用の課題

本当は怖いウェブシステム運用

このテーマについては、今年のIPSJ-ONEにて「高度に発達したシステムの異常は神の怒りと見分けがつかない」[yuu17]で話しました。

ウェブシステムでは、異常が発生しても原因がわからないことがあります。 原因がわからず再現させることも難しい場合、システムの振る舞いがまるで「自然現象」に感じられます。*7 自動化が進んでいるからこそ、不明であることが異常に対する「恐怖」をうみます。 これは、システムに対する変更が安全かどうかを保証することは難しいためです。 その結果、振る舞いの解明に多くの時間をとられたり、わざと自動化を避けて、人間の判断をいれようとします。

実際、異常のパターンは様々です。 講演では、以下の2つの例を話しました。

  • ハードウェアのキャパシティにはまだ余裕があるにもかかわらず、1台あたりの処理能力が頭打ちになり、自動スケールするが自動スケールしない別のコンポーネントが詰まるケース
  • データベース*8のアクティブ・スタンバイ構成*9において、ネットワーク分断により、確率的にどちらかのマスターにデータが書き込まれ、データの一貫性を損失するケース

前者は、自動化していても自動で復旧できず、後者は自動化したがゆえに新たな問題が発生したケースです。 書籍「Infrastructure As Code」[kie17]では、1.3.5節 オートメーション恐怖症にて、"オートメーションツールがどういう結果を生むかについて自信が持てないため、オートメーションツールに任せきりになるのは怖かった。"と書かれています。

ウェブシステムの複雑性

ここまできて、なぜウェブシステムは自然現象のように感じられるか、複雑さの要因はなにかについて、体系的に整理し、分析しようと真剣に考えたことはありませんでした。 そのための最初の試みとして、自分の経験を基に以下の3点を挙げてみます。

  • ソフトウェア依存関係の複雑さ
  • 分散システムとしての複雑さ
  • 入力パターンの複雑さ

ソフトウェア依存関係の複雑さ

ウェブシステムは、多数のソフトウェアの重ね合わせにより構成されます。 言語処理系、OS、ドライバ、共有ライブラリ、ミドルウェア、アプリケーションライブラリ、アプリケーションなどです。 さらに、これらがネットワーク越しに接続され、さまざまなプロトコルにより通信します。

このような状況では、ソフトウェアの依存関係や組み合わせの問題が発生します。 具体的にはバージョンアップ問題やプロトコル互換問題、依存地獄問題[yuu15]などを指します。

例えば、あるソフトウェアをバージョンアップすると、そのソフトウェアに依存したソフトウェアが動作しなくなることがあります。 データベースのバージョンアップにより、プロトコルなどの仕様変更に追従していないアプリケーションが動作しなくなるなどは典型的な例でしょう。 動作したとしても、性能が低下し障害につながるということもあります。

分散システムとしての複雑さ

信頼性のあるウェブシステムは、基本的に分散システムとして構成されています。 複数のノードが相互に通信するということは、単純にノードやリンクが増加すればするほど、システムとしては複雑になります。 さらに、分散システムは、ハードウェア故障、ネットワークの切断・遅延といった物理的制約がある中で、信頼性を担保しなければいけません。 部分的な故障を許容しつつ、自動でリカバリする仕組みは複雑です。 分散システムの難しさについて書かれた文献として、「本当は恐ろしい分散システムの話」[kum17]が非常に詳しいです。

入力パターンとしての複雑さ

ウェブシステムの入力パターン(ワークロード)は一定でもなければ、ランダムでもないことがほとんどです。 ただし、サービスの特性により、朝はアクセスは少ないが、夜に向けてアクセスが徐々に増加するといった一定の傾向はあります。 大まかな予測はできることがあるものの、むずかしい。 人間、検索クローラ、スパマーなどの活動に応じてシステムへの入力パターンは突発的に変化します。これは、制御工学でいうところの外乱に相当します。 実際、この突発的な変化が障害の原因になることはよくあります。

入力パターンの突発的変化(外乱)は、人間や社会の変化によることもあるため、システム側での予測は困難です。

システムの複雑さの度合い

複雑さを分析するのは、要因に加えて度合いの評価も必要です。 度合いについてもせいぜいサーバ台数やサービス数程度でしかみてきませんでした。

そもそも一般的に複雑さをどう定義しているかについて、複雑性科学の書籍[mel11]を参考にしました。 [mel11]には、複雑さについての一般的な定義はなく、これまでいくつかの指標が提案されたことが書かれていました。 提案された指標は、サイズ、エントロピー、アルゴリズム情報量、論理深度、熱力学深度、計算能力、統計的な複雑性、フラクタル次元、階層度がありました。 この中で、比較的ウェブシステムに当てはめやすいのは、サイズと階層度です。

前述の分散システムとしての複雑さに対して、サイズと階層度*10の概念を適応してみます。

サイズについては、例えば、はてなのシステムサイズは以下のようなものです。GoogleやAmazonであれば、おそらくこの100~1000倍の規模でしょう。

  • サービス数: 100+ (内部向け含む)
  • ロール数: 1000+
  • ホスト数: 1000+
  • プロセス/スレッド数: 10000+
  • SRE数*11: 10人弱

階層度を特に入れ子のレベルによって定義した場合、プログラム実行単位については10年前であれば例えば以下のようになります。

  • レベル1: プロセス/スレッド
  • レベル2: サーバ (複数のプロセスの集合体)
  • レベル3: ロール (クラスタやロードバランサ配下のサーバ群)
  • レベル4: サービス: (ロールまたはマイクロサービスの集合体)
  • レベル5: プラットフォーム: (複数のサービスの集合体)
  • レベル6: ウェブ

一方、現在であれば例えば以下のようになります。 ただし、サーバレスアーキテクチャを採用していれば、レベル1~3までは無視できる一方で、マイクロサービスなど層を増やす変化もあります。

  • レベル1: プロセス/スレッド
  • レベル2: コンテナ
  • レベル3: サーバ (複数のプロセスの集合体)
  • レベル4: ロール (クラスタやロードバランサ配下のサーバ群)
  • レベル5: マイクロサービス
  • レベル6: サービス: (ロールまたはマイクロサービスの集合体)
  • レベル7: プラットフォーム: (複数のサービスの集合体)
  • レベル8: ウェブ

実際には、複雑さを評価するためには、複雑さの要因ごとに複数の指標と複数の観点をもつ必要があると考えます。 ウェブシステムがどのような複雑さをもつのか、特に他分野の方に伝えるには、SREの分野では、蓄積が不足していると感じます。

4. ウェブシステムの自律運用へのアプローチ

ここまで、ウェブシステム運用技術の変遷とウェブシステムの複雑さについて書いてきました。 ここでは、これらを踏まえ、課題を解決するためのビジョンである観測と実験による「Experimentable Infrastructure」について述べます。

観測

前述の運用技術の進歩により、インフラストラクチャが抽象化され、プログマブルかつシンプルに扱えるようになってきました。 しかし、要素数を増やす方向へ技術が進んでいるため、依然としてシステム全体の挙動を人が理解することが難しいと感じます。 したがって、系全体の精緻な理解を助ける観測器が必要です。

ここでの観測とは、ウェブシステムの「過去と現在」の状況を人間またはコンピュータが自動的かつ継続的に把握することです。 20年近く前からサーバ・ネットワークを「監視」するためのツール*12が開発されてきました。

従来や現在の監視ツールは、サーバに対する定期的なpingやメトリックの時系列グラフ化をサポートしています。 しかし、これだけでシステムの振る舞いを分析できるかというとそうではありません。 監視ツールを頼りにしつつも、SREはシステムのネットワークグラフ構造を調べ、ログを眺め、アプリケーションコードをgrepし、脳内でシステムに対してどのような変更があったかを思い出すといったことをやっています。

このように、まだまだ監視ツールだけではわからないことがあるのが現状です。 従来の監視はもちろん、ログやイベントデータの収集に加えて、構成要素と要素間の関係の把握などが求められます。*13

自分が開発に関わっているサーバ監視サービスであるMackerel[mac]については、[yuu17-2]に書いています。Mackerelには世の中のウェブシステムの観測結果が集約されているデータベースとしてとらえると解析対象としておもしろいんじゃないかと思います。

制御

システムが自律的に動作し続けるためには、システムの異常を自動で制御する必要があります。

ナイーブな制御

例えば、クラウドの台頭によりサーバの生成と廃棄がプログラマ化されたため、メトリックの変動に応じてサーバの個数や性能を自動調整できます。 さらに、なんらかの理由により不調なプロセスやサーバをすぐ捨てて、新しいものを生成することも可能です。 現在では、このあたりがウェブシステムの現場で浸透中の制御になるかと思います。 しかし、制御のためのパラメータはエンジニアの経験を元に値を設定しており、制御がうまく動くかどうかはエンジニアの技芸に頼っていると言えます。 ナイーブな自律制御のままでは、すべての課題はクリアできません。

待ち行列による制御

よくあるアイデアの一つに、待ち行列理論の利用があります。情報ネットワークの分野では、よく利用されている理論です。 ウェブシステム全体と、サブシステムをそれぞれ入れ子構造の待ち行列としてモデル化できます。 待ち行列解析により、到着分布と処理分布を観測しつづけることで、必要なコンピューティングリソースを割り出し、自動的にリソースを配分し続けられます。 例えば、最も簡単なリトルの法則を応用すると、[myu16]のように中期的なキャパシティプランニングに利用できます。

しかし、待ち行列理論の課題は、仮定する分布の範囲外の予測のできない突発的な外乱に対応しづらいことです。 到着分布は、前述したように入力の複雑さにより、予測することは難しいでしょう。 さらに、到着分布が予測可能であっても、ネットワークのパケット処理とは異なり、ウェブシステムでは、処理の重たい入力とそうでない入力の差が大きい*14ため、処理分布が予測できない可能性もあります。

外乱は事業機会となることがあるため、分布から外れた異常値だからといって無視はできないという事情があります。 そこで、最近はフィードバック制御に着目しています。*15

フィードバック制御

フィードバック制御は、大規模で複雑なシステムを、たとえシステムが外乱に影響を受けようとも、あるいは、限られた資源を有効利用しつつ、その性能を保って動作させるための手法です。 [phi14]より引用

フィードバック制御に着目した理由は、制御対象はブラックボックスであり、中身は不明でよいという点です。 これは、SREがアプリケーションの中身を知らずに観測結果だけをみて障害対応する様子に似ていると感じました。 待ち行列理論ではできないダイナミクスを扱えるのも特徴です[ohs13]。 現実のウェブシステムでは、解析的にモデルを導出するのは難しいため、パラメータの決定には「実験」による計測が必要です。

ウェブシステムに対して、フィードバック制御の導入イメージは例えば、以下のようなものです。 制御入力は、明示的に変更可能なパラメータです。例えばサーバの台数やサーバのキャッシュメモリ量などがこれに相当します。 制御出力は、制御対象パラメータです。例えば、応答時間やエラーの数などになります。 制御出力を監視し続け、目標値から外れたら制御入力を変更し、元に戻すような操作を、システムモデルに基づいて行います。 具体的には、制御入力に対して伝達関数を適用し、制御出力を得ます。 ただし、伝達関数の同定やチューニングは、実システムで応答をみる必要があります。

ただし、ここで述べているのは古典的な制御理論の話であり、単一入出力しか扱えません。 実際には、複数の入力と出力を扱ったり、階層的なシステムに対する制御をやりたくなるでしょう。 そちらは、現代制御理論やポスト現代制御理論と呼ばれる発展的な理論の範疇のようです。

制御理論をウェブシステムの運用に組み込む研究には、[jen16]などがあります。 [jen16]は、データベースクラスタ内のサーバのスケーリングについて、フィードバック制御、強化学習、パーセプトロン学習の3つの手法を比較しています。 さらに、フィードバック制御(PID制御)をApache Sparkのバックプレッシャー機構に組み込む実装もあります[spapid]

実験

待ち行列にせよ、フィードバック制御にせよ、機械学習的なアプローチにせよ、実システムの応答結果を継続的に得ることが必要です。 おそらく、統一的なモデルなどはなく、システムやサブシステムごとに異なるモデルとなると考えています。

しかし、単純に平常時のシステムを観測し続けるだけでは、良好な制御モデルが得られない可能性があるのではないかと考えています。 というのは、システムごとのモデルとなると、過去に限界値や異常値に達したデータの数が少ないため、学習データが足りない可能性があります。 *16 特に新システムであればデータはゼロなので、本番環境の蓄積データだけでは、制御パラメータを決定できません。

ワークロードのない状態では、例えば1台あたりのサーバの限界性能というのは実際に限界まで負荷をかけないとわからないことが多いでしょう。 素朴に考えると、手動で実験してデータをとることになってしまいます。

そこで、実験の自動化を考えます。 システムには日々変更が加えられるため、継続的な実験が必要であり、手作業による実験は人手が必要で結局長続きしないためです。

分散システムの自動実験の概念としてNetflixが提唱するChaos Engineering[cha17]があります。 Chaos Engineeringは、本番環境にて故意に異常を起こす逆転の発想です。 例えば、サーバダウンなどわざと異常を起こすことで、システムが異常に耐えられるのかをテストし続けます。 Chaos Engineering自体は、先に述べたように制御モデルのパラメータ推定についての言及はありませんが、ビジョンの構想に大きく影響を受けました。*17

しかし、一般に言われていることは、本番環境で異常を起こしたり、限界まで負荷をかけるのは不安であるということです。 実際、書籍「Chaos Engineering」[cas17]では、監視の環境整備、異常時の挙動の仮説構築、実験環境での手動テスト、ロールバックなどの基盤を整えた上で十分自信をもった状態で望むようにと書かれています。 したがって、実験そのものは自動化されていても、まだまだそれに至るまでに人間による判断を多く必要とするようです。

ここで、クラウドやコンテナ技術など限りなく本番に近い環境をオンデマンドに構築する技術が発達してきていることを思い出します。 自分の考えでは、実験環境を高速に作成することで安全に実験を自動化する技術を突き詰め、効率的にデータを取得し、パラメータを決定するというアプローチを考えています。*18

これら以外に手動で実験するケースについても、実験という概念に内包し扱おうしています。 動作テスト、負荷テスト、パラメータチューニング(OSやミドルウェアのパラメータ)などです。*19

Experimentable Infrastructure

以上のような観測と実験の自動化アプローチには、近代科学の手法の自動化であるというメタファーが隠されています。

書籍「科学哲学への招待」[noe15]に近代科学の歴史とともに、仮説演繹法について紹介されています。

  • (1) 観察に基づいた問題の発見 (観測)
  • (2) 問題を解決する仮説の提起
  • (3) 仮説からのテスト命題の演繹
  • (4) テスト命題の実験的検証または反証 (実験)
  • (5) テストの結果に基づく仮説の受容、修正または放棄

仮説演繹法のループを高速に回し、自律的に変化に適応し続けるシステムを「Experimentable Infrastructure」と呼んでいます。 コンピュータに仮説の提起のような発見的な手法を実行させるのはおそらく難しいと思います。 しかし、ウェブシステムの観測と実験により判明することは、世紀の大発見ということはなく、世の中的には既知のなにかであることがほとんどなので、仮説提起をある程度パターン化できるのではないかと考えています。

5. 自律運用の壁とウェブサイエンス

仮に前述のアプローチがうまくいったとしても、さらにその先には壁があります。 自律運用の壁は、「ハードウェアリソース制約」と「予想できない外乱の大きな変化」です。

前者は、予め用意したリソースプールでさばける以上の負荷には耐えられないことです。 クラウドにも上限は存在します。

後者は、サーバの増加などには必ずディレイが存在するため、外乱の大きさによっては、フィードバックが間に合わないケースもありえます。 これについては、以下のようにウェブサイエンスの研究成果である状態予測をフィードフォワード制御に利用するといったアイデアもあるかもしれません。

自発的に発展するサービスの特徴を捉え、例えば、Web サービスが今後発展していくのか、元気をなくしていくのか、そうした状態予測を目指し、自律的な人工システムのダイナミクスを捉える普遍的な方法論をつくり、自然科学としての人工システム現象という分野の確立を目指している。

106 人 工 知 能 31 巻 1 号(2016 年 1 月)「ウェブサイエンス研究会(SIG-WebSci)」 発足

自律運用

ここまでの「自律」の定義は「自動修復」「自律運用」でした。 自律運用では、与えられた制約条件=信頼性 を満たすように自律動作することを目指しています。 信頼性を自律的に満たせれば、費用のうち人件費はある程度削減できます。 しかし、信頼性の条件設定、アーキテクチャの決定、ソフトウェアの効率化などは依然として人の仕事です。

自律開発

自律運用に対して、自律開発*20という考え方があります。 これは、この記事の文脈では例えば、自律的に費用を最小化するようなシステムを指します。

自律開発には、進化・適応の概念が必要であり、分散システムアーキテクチャの設計・改善やソフトウェア効率改善の自律化などを含みます。 おそらくソフトウェア進化の研究[oom12]などで進んでいる分野だと思います。

運用から解放されたその先

ここまではウェブシステムの運用という工学的モチベーションの話でした。

IPSJ-ONEの記事[yuu17]にて、以下のような宿題がありました。

しかし、最終的に自分のやっていることが世界にとってどういう意味があるかということを加えるとよいという話もあったのですが、ここは本番では組み込めなかった部分です。自動化されて、運用から解放されて、遊んで暮らせるようになるだけなのか?という漠然とした疑念はありました。科学の歴史をみてみると、例えば未知であった電気現象を逆に利用して、今ではコンピュータのような複雑なものを動かすことができるようになっています。そこからさらにメタなレイヤで、同じようなことが起きないかといったことを考えているのですが、これはこれからの宿題ということにします。

いまだにこの宿題に対する自分の中の答えはありませんが、ウェブサイエンス研究会発足の文章を拝読して、ぼんやりと基礎科学の貢献という道もあるのだなと思いあたりました。 人の手を介さずに動き続けるウェブシステムを探究することで、複雑な系に対する統一的な法則を発見し、基礎科学へ貢献できないかどうかといったことを考えながら、老後を過ごすのも、昔からシステムが好きな自分にとってよいのかもしれません。

ネットワークの技術階層を含む Webの存在そのものを新しい「自然現象」として捉え、例えば、その「生態系」としての構造を明らかにすることで、普遍的なダイナミクスやパターンを明らかにし、従来の自然科学・人文科学の考えを発展させることを目指している。

106 人 工 知 能 31 巻 1 号(2016 年 1 月)「ウェブサイエンス研究会(SIG-WebSci)」 発足

6. 議論

講演後にいただいた質問や議論から、SREの分野は、まだまだサイエンスというより、エンジニアの技芸の上に成り立っているなと感じました。

例えば、以下のようなデータ解析の内容をSREの分野で書かれた文献を今のところ僕は知りません。

  • ウェブシステムの複雑さの定義と解析
  • ウェブシステムの階層構造の変化の解析
  • ウェブシステムの階層ごとの到着分布、処理分布の解析
  • ウェブシステムの自律度合いの定義と解析
  • 異常のパターン分析と体系化

これは、以下の2点が要因としてあると考えています。

  • SREとデータ解析の関心やスキルセットのミスマッチ
  • データ収集が困難
    • 数年前までは、自社システムを自社内で観測してデータを溜め込んでいるだけであったため、多数のウェブシステムの情報をまとめて解析することができなかった

後者については、Mackerelを持っていることは強みなので、うまく活用していきたいと思います。 このようなデータ解析の観点でみると、観測には前述した項目よりもっと先があることを想起させられます。

7. まとめ

ウェブシステムの運用は、ここ10年で自動化が進んでおり、物理的な世界からソフトウェアの世界になってきました。 ウェブシステムは複雑ではあるが、現代のところコンピュータだけで自律した系ではありません。 ウェブシステムという人工物を自然のように振る舞わせ、人間を運用から解放したいというのが最終的な目標です。

参考文献

発表スライド

あとがき

そもそも、ウェブサイエンス研究会に招待していただいたきっかけは、IPSJ-ONE 2017 高度に発達したシステムの異常は神の怒りと見分けがつかない - IPSJ-ONE2017 - ゆううきブログ の登壇にてご一緒した鳴海先生に声をかけていただいたことです。 さすがに、場違いではとも思いました。というのも、僕が実際やっていることは、時系列データベースの開発であったり、10年前から続くウェブシステムの運用効率化などであり、技芸であって科学ではない*21からです。 しかし、はてなシステムを構想するにあたって、地に足がついてなくてもいいから、無理やり未来を考えるいい機会になると捉え、登壇を引き受けさせていただきました。 今回の研究会のテーマは、「自然現象としてのウェブ」ということで、本当に何を話したらよいかわからないテーマで相当苦戦しましたが、その結果、IPSJ-ONE登壇で考えたことの言語化を進められました。*22 途中、妄想のような話もあり、他の分野の専門家からみれば眉をひそめるような表現もあるかもしれませんが、一度考えたことを言語化しておくことでまた次のステップに進めると考えています。

普段はどうしても目の前の課題に熱中しがちで、未来のことを考えようとはなかなか思いません。 概念や思想だけではなかなかそれを取り入れようとは考えず、それを実現するソフトウェアなりハードウェアが目の前にあらわれ使える状態になってはじめて目を向けることになります。 例えば、AWSもDockerもないと仮定して、Immutable Infrastructureの考え方に触れたとしても、到達までの道筋がすぐにはみえないため、諦めて考えないようにしてしまいそうです。

発表後に、研究会の幹事である橋本先生に、技術者はどこまで先を考えているものなのか、と質問をいただきました。 少なくとも、日本のウェブの技術者界隈で、未来の技術ビジョンを設定し、それに進もうとしている様子が外からみえることはなかなかありません。 ペパボ研究所が掲げるなめらかなシステム *23が僕の知る唯一の例です。 Real Worldでは、一歩前に進むだけでも本当に様々な問題が起き、とにかく目の前のことを倒すことが求められるので、とても未来どころではなくなるというのが現状かもしれません。

未来を考えるのは、研究者の場合は当たり前に求められるという印象があります。 しかし、SREの分野では、研究者のコミュニティが他と比べて未発達なようにも思います。 近い分野である情報ネットワークに関しては、日本でも様々な研究会がありますが、僕の知る限りでは、日本では直接的にSREの分野を扱う研究会は存在しないようです。*24

そこで、ウェブシステムアーキテクチャ研究会、(#wsa研)というものを立ち上げようとしています。 第1回は京都開催にもかかわらず、全員発表型で10人以上の参加者が既に集まっています。 今回の講演の準備をするにあたって、我々の分野で未来を議論するための既存の枠組みや土台があまりないことを改めて実感しました。*25 WSA研では、未来を考えるために、現状を体系化し、そこから新規性や有用性を追求していこうと思います。

*1:発表時には機会費用を含めていませんでしたが、機会費用を大幅に増加させて前者2つを削減できるため、この記事では含めました

*2:厳密にはService Level Objective(SLO)))を制約条件として、費用を最小にする最適化問題」((信頼性と費用はトレードオフであり、信頼性を定期的に見直す必要があります。高すぎる信頼性のために想定より費用が最小化できないとなれば、例えば四半期ごとに信頼性目標を下げるといった運用が必要です

*3:[Bet17]では、「サービスのSLOを下回ることなく、変更の速度の最大化を追求する」という表現になっています。今回は、自分自身のメンタルモデルに近い、費用の最小化という表現を選択しました。

*4:これはサービスによって大きく異なります。 これまで運用してきたサービスの肌感覚では、1週間程度。運が良くて1ヶ月程度。

*5:実質OSのプロセスの起動

*6:前述の信頼性を維持し費用を最小化するという話

*7:#wakateinfraの中でも、超常現象などと呼んでいました

*8:ここではMySQLとPostgreSQLを想定

*9:ここでは、VRRPによるクラスタリングを想定

*10:書籍「システムの科学」[her99]の第8章 階層的システム

*11:実際の職種名はWebオペレーションエンジニア

*12:NagiosやZabbixなど

*13:6. 議論 にてさらなる観測の可能性について記述

*14:いわゆる地雷URLなど

*15:[yuu17-3]でも紹介した

*16:異常検知であれば平常時だけを知っておけば問題なさそうだが、その他のアプローチの場合はどうか

*17:書籍[cas17]では、奇しくもフィードバック制御の伝達関数の話が例としてでてくるが、予測モデルを構築することは困難なので、実験しましょうということが書かれているのみでした。

*18:本番環境の負荷の再現が壁になるだろうとは思います。

*19:パラメータチューニングの自動化については、おもしろい例[mir13-2]があります。

*20:おそらく一般的に使われている言葉がソフトウェア工学の世界などにあるかもしれません

*21:John Allspaw、Jesse Robbins編、角 征典訳,ウェブオペレーションーーサイト運用管理の実践テクニック,オライリージャパン より引用

*22:発表自体は、タイムコントロールに久々に大失敗して、途中スライドスキップして残念な感じになってしまいましたが、この記事で補完できればと思います。

*23:研究所なので技術者界隈とは呼ばないかもしれません

*24:海外ではUSENIXのLISAやSREconなどがあります

*25:SRE本は本当に稀有な存在